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中継地
――――公都までの中腹にある街……中継地の砦に着いたのは、日暮れ前であった。
幸い道中、少し雪はぱらついたものの、吹雪になることもなく、順調に進んだ。
そして隊長さんはその到着の一報を早速魔法伝令で公都に送るらしい。
「割と早く着けたねぇ。……とは言え、今から出ても公都に着く頃には真っ暗だし、途中魔物に出くわしたら大変だからね。買い出しを済ませたら今日は明日に備えてゆっくり休むよ」
「はい、アセナさん」
「うん。それじゃぁ買い出しは手分けするから……シェリカちゃんはこいつ連れてって」
アセナさんが指差したのは私の後ろ……。
「おい、アセナ」
頭上から不機嫌そうな声が降ってくる。
「いいじゃんいいじゃん。それに周辺の見回りかなんかは副団長に任せればいいんだから」
「だが……」
「あと、シェリカちゃんにもっと北部の魅力を味わって欲しいもん。普段はあんな殺伐とした討伐ばっかりじゃないからね。魔物の巣が湧かなきゃ普段ならもっと……ま、実際に見ておいで」
「アセナさん……」
買い物ついでとはいえ、気を遣って……くれているのかな。
「だからアンタも」
アセナさんが再び隊長さんを見る。
「……まぁ、街の様子は、見ておきたい」
「じゃぁ決まり!取り敢えず楽しんでおいでよ。買い出しのメモも渡すから」
――――と、そんなわけで……隊長さんと街に買い出しに出たのだった。
夕方間際で冷えてきたとは言え、街にはまだまだ活気がある。
もうすぐ暗くなるからか、街の街頭には灯りがつき始めた。
私たちのように買い出しに来る住民もいるようだ。
けど、王都に比べて……。
「露店はあまり出てないんですね」
「凍るからな」
は……っ。言われてみれば……!
隊長さんの買い物に同行しつつ、そうだと納得する。みな扉を開け閉めして店に出入りしているし、中にはストーブが見える。
「そうだ……ついでに何か食うか?」
私が店の中を見ていることに気が付いたのか、隊長さんが声をかけてくれる。
「あの……でも私は、お金ないので……」
無一文だから、騎士団に拾ってもらわなければ、どうなっていたことか。
だから見るだけで……。
「それくらいは出すぞ」
「えっと……ですけど」
「仮入団祝いは?」
「そ……それなら……」
こくんと頷けば、隊長さんに連れられ食べ物屋さんが並んでいる通りに辿り着く。
「おすすめはありますか?」
「んー、甘いもんと辛いもんならどっちがいい?」
「甘い……ものですかね」
「それじゃ……こっち」
「はい」
看板を確認して入ったお店では、確かに甘い匂いがする。
「ここは……」
「ドーナツ屋。好きなの選びな」
「ドーナツ!」
確か王都でも有名なお店があると聞く。
「あの、チョコレートがかかったドーナツがいいです」
「なら、俺もそれにしよう」
隊長さんが会計を済ませてくれて、私にドーナツをひとつ、差し出してくれるのを受け取った。
さて、後は中継地に戻るだけなのだが……こうして買い食いなんて……城にいた頃は考えられないわね。でも……少し楽しいな。
あれ……でもこれって……男性と2人で街歩きしながら……買い食い……?まるで小説や何かでよくあるデートみたい……?いやいや、何言ってるの……!私は……公都に嫁ぎに行くのに。
そして気をまぎらわすようにドーナツをひとくち口に含んでみれば。
「んん……っ、美味しいです……!」
ふわふわもちもち生地に、独特の濃いチョコレート!
「はははっ、そんな顔もするんだな」
「……私、いつもそんな仏頂面では……」
「違う、違う。外にいると、けっこう表情が凍るだろ?」
「まぁ、それは分かります」
防寒しているとはいえ、やはり空気にさらしている顔などからも冷たい空気は入ってくるのだ。
まるで頬が凍るような感覚で……。
「だから夕飯の時なんかは温かい場所にいるから、みんな頬の筋肉が緩む。お前はそれでも、どこか遠慮してるような感じはしていた」
そう……だっただろうか。自分では気が付かなかった。けれど居候しているような感覚はあったのだ。
隊長さんがそう言って微笑めば、何だかドキッとしてしまった。隊長さんこそ、そう言う表情もしてくれるのね。
「仮入団も済んだんだ。騎士団はどこにいたってお前が帰る場所だと思えばいい」
「……ありがとう、ごさいます……っ」
私にも居場所が……できたと言うことだろうか。文字通り右も左も分からないこの土地で、一緒においでと言ってくれる彼らの存在は……私の中ではとても大きくて力強いものになりつつあるのだ。
その時、騎士団員が駆け寄ってきた。他にもひとがいる。騎士団の装備ではないようだけど……隊長さんを呼びに来たようだ。
「悪ぃ、あいつら砦の担当者だからさ。ちょっと話してくるから、ここで食べててな」
「……っ、はい!」
砦の担当者なら……きっと私には分からないお仕事の話ね。
はむはむと残りを食べていれば、ふと視線を感じた気がした。
「……誰……?」
騎士団の方だろうか……?しかし振り返れば、誰もいない……。気のせい、かしらね。
隊長さんはもう少しかかりそうだし……。ふと、ウィンドウ越しに見付けたのは、かわいらしいガラス細工のランプである。
「……きれい……」
王都で見るものとは色味や模様が違う。北部ならではのものと言うことだろうか……?
――――しかしその時だった。
「……むっ」
不意に口を塞がれて、声が出せない……!
「見付けたぞ!」
どこか憎しみを込めたようなその声は……聞き覚えがあった。
叫べないように口にテープのようなものを貼り付け、手首にもそれを巻き付けたその男は、忘れもしない……私を吹雪の中置き去りにした……あの御者だ……!
やはり生きていた。そして私を乱暴に脇に抱えながら、街の城壁の外へと繰り出す……!
ちょっと、どこへ連れてく気!?
そして軍馬を見つければ、その背に私を投げ捨てるように乗せ、発進する。
街を囲う城壁が見えなくなった頃。御者は乱暴に私を雪原の上に下ろし、不気味な笑みをたたえる。
「よし……ここなら騎士団のやつも来ないだろう……。くそ……っ、お前を殺せば金が手に入るってのに……!騎士団なんぞに紛れ込みやがって!」
やっぱり金目当て。そして金を受け取るためには、私が生きていては困るんだわ。でも……そもそも騎士団のみなさんにお世話になっているのは、この御者が吹雪の中、私を捨てたせいである。それなのに……どこまでも自分のことしか考えていない。
御者がゆっくりと短剣を取り出し、私に向ける。こんなところで……死ぬなんて嫌……!あのクリスティナの思いのままじゃない……!
それに、せっかく隊長さんたちとも出会えたのに。私はまだ、諦めたくないのだ。
焦っていたからだろうか。それとも小娘ひとりならと高を括っていたのか。幸い脚は縛られていない。
それに……これは騎士団で支給してもらった雪道用のブーツ。雪には強いはず……!
素早く走り出せば、御者の怒号が響く。
「待てええぇっ!」
追ってくる!追い付かれる!
雪の塊に躓きよろければ、その手首を御者が掴み、そして私に向かって短剣を振り下ろす……!
ダメ……もう……っ。
しかし、その時だった。
「やめろおおおぉっ!っ!」
ドドドドドッと、重い足音が響く。私が乗せられたのとは違う軍馬のものだ。
そして鋭い闇の刃が御者の短剣を弾き飛ばし、御者を弾き飛ばす。
「ひぃ……っ」
御者は脅えたように軍馬に飛び乗り、発進する。
「くそ……っ、逃げるな!」
御者を追おうとする隊長さんだが、私を目に留め、すぐに傍らに跪く。そして口と手首の拘束を解いてくれる。
「大丈夫か」
「……はい。でも、御者が……」
逃げてしまった。
「あれは知り合いか」
「私を北部まで乗せてきた馬車の……御者です。私が捨てられていた場所の近くに打ち捨てられていた馬車を率いていた……」
「そう言うことか……っ」
「でも、軍馬を連れて逃げてしまったから……」
また来るかもしれないけれど……。
「問題ない。あいつの手配書を北部全域に回す。とにかく俺たちは、とっとと街に……」
そう隊長さんが呟き……しかし、しまったとばかりに周囲を見渡す。
「吹雪か……」
北部の天候は変わりやすいと言う。そして辺りはいつの間にかホワイトアウト状態となっていた。
隊長さんの乗ってきた軍馬はいるが、しかし闇雲に進むわけにも行くまい。
そして再びの吹雪の中と言うのは……嫌なものを思い起こさせる。ゾクリと、肩を震わせる。
「おい、平気か?」
「隊長……さん」
でも今は、今度は……ひとりじゃない。
「立てるか」
「は、はい」
「なら凍える前に、行くぞ」
どこへ……。そしてここはどこなのか。だけど差し伸べてくれた手は、とても心強いものだった。
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