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吹雪の中で
――――ごうごうと吹き抜ける吹雪の中。
「その……方向が分かるのですか?」
軍馬をひきながらも、手を繋いではぐれないようにしてくれる隊長さんを見上げる。
「以前からこの辺りには来てるからな。闇雲に進むわけにも行かないが……いくつか目印になるようなところは覚えてる。そこに辿り着くか、街の城壁に辿り着くかは運だがな」
けど……あのまま目印も何もないところにいるわけにもいくまい。
「心配すんな。魔法で起こしたものじゃない限りは、止まない吹雪きはない」
「は……っ、はい」
違うのは、隊長さんが一緒にいてくれること。いや……あの時も隊長さんが来てくれたけど。
「その服も防寒着としては優秀だ」
「はい、暖かいです」
波打つような風雪も防いでくれる。直に体温を奪おうとするのは、顔だけだ。
「ほら、もっとマフラーを上げないと」
隊長さんが、雪が入らないように外套の首もとを調整してくれて、口元を覆うようにマフラーを上げてくれる。あの口を塞がれた時とは違う、温かくて優しい手の感覚に安堵する。
そして、わずかに露出するのは目の周りくらいとなった。
「これでいい」
「はい……!この方が、一段と温かくなりました」
「だろう?だが油断していると体温を奪われる。その前に火を焚くぞ」
「でも……どうやって……」
火魔法の使えるアセナさんはここにはいない。
「普通に火を起こせばいい。枝や松ぼっくりは拾っておけ」
「あぁ、はい……!」
物理でってことね。しかしその起こしかたと言うのはさすがに城では習わないから、隊長さん頼みである。
そして、松ぼっくりや小枝が必要ならと、こまめに拾いながらポケットに入れ、やって来た場所は……。
「……ほら、あそこ」
隊長さんが示したのは……洞穴……?
「あそこで吹雪が止むまで休むぞ」
「……はい!」
そして、洞穴の中に避難した私たちは、火起こしに移る。
「あの小枝も使おう」
続いて洞窟内に散乱していた小枝をかき集めて、拾った小枝も加える。
松ぼっくりを取り出そうとすれば、まだだと止められてしまった。
隊長さんはすぐに内ポケットから魔石を取り出す。
続いて魔方陣の描かれた布をそこに落とすと火がともる。
「これは……どうなって……」
「遭難した時用に持たされるものだ。魔力があれば、火魔法を使えなくても火が起こせる。これもなければさすがに……枝や素材を摩擦させるしかないな」
摩擦……それはそれで大変そうである。
「それとさっきの松ぼっくり。火種が安定するから」
「はい」
ぽいっ、ぽいっと投げ入れれば、確かに火がよく燃えてくれる。
なるほど。このために集めたのか。
「あと……軍馬は外でいいのですか?」
近くの木の幹に繋いでいるとはいえ……大丈夫だろうか?
「魔物の血を引くからな。あれくらい平気だ。でなきゃ遠征中に吹雪いたら困るだろう?」
「……確かに」
「あと、弱い魔物や獣なら追い払ってくれる」
「それもありますもんね」
そう言う面でも軍馬がいるのはありがたい。
「転移魔法が使えりゃ楽なんだが……魔力を大量に消費するし、天候が安定しないと不安定になる」
隊長さんが転移魔法を使えたことにも驚きだが。
転移魔法は限られたひとしか使えない高位魔法である。他にも転移用ポータルはあるが、魔力や魔石を大量に使う高級品だし、国が許可した場所にしか設置できないのだ。
それを自ら使えるとは……。
「でも魔法伝令くらいなら、何とかなる」
「それで助けを呼ぶんですね」
「あぁ。あちらも動けるのは吹雪が弱まってからだろうが……アレスもここの洞穴の場所は知ってるから、吹雪がおさまったら来るだろ」
「アレス……さん?」
「まだ聞いてなかったか?副団長のことだ」
「副団長さんですね」
普段役職名だと、改めて名前を聞いて驚くことも多い。それと……。
「あ……そう言えば」
「ん……?」
「隊長さんの名前をまだ聞いていなかったなって……」
「あ――……そうだったか……?」
みんな、隊長さんと呼ぶから。
「レクス。別に隊長じゃなくて……レクスでいい」
「……その……レクスさま……?」
「さまとか付けんな。痒くなってくる」
そうなの……?うーん……。
本人の希望だし。
「レクス」
「そうだ」
レクスがふんわりと微笑んでくれる。何だか、不思議と安心する笑みである。
「そうだ……今度は俺の番だな」
「え……?」
「お前は公都に嫁ぎに行くのか」
「……っ、何でそれを……っ!?レクスまで知って……」
「でなきゃ、ルカがイチオシの付与魔法使いとか言っても推薦はできねぇだろ」
「……あ、確かに……。その、何だかんだでそうなってしまって……」
そ……それはそうか……。
「どう何だかんだになれば猛吹雪の中で行き倒れるんだ。あの御者のせいだってことは分かるが」
「それも……色々とありまして。御者は私を北部まで連れてきた後……吹雪の中で下ろして置き去りにして逃げました」
その上、生きているのを見付けたら殺そうとするだなんて……。
しかしそもそもの原因は、クリスティナに嵌められてアイスクォーツ公爵さまに嫁ぎに来ましただなんて……言ったところで信じてもらえるか……いやむしろ公爵さまのお怒りを買うだろうか。
クリスティナなら確実に私のせいにするでしょうし。
「やっぱりあの御者、あの場で容赦なく始末するべきだったか」
「いや……それは……」
レクスは拐われかけた私のために踏みとどまってくれたのだ。きっとそれを知った上であっても……私のことを気にかけてくれるのだろう。
ぶっきらぼうに見えて……優しいところも知ってるから。
「相手は貴族か?」
御者のこともさることながら、やはりそこにも話はいくか。
「えぇと……まぁ」
あれ、でもこれは答えて良かったのかしら。貴族に平民が嫁ぐことは稀だ。貴族に嫁ぐなら貴族。
王族は同じ王族か、それか貴族と言うのが多い。
しかし……。
「あの、レクス……?」
レクスが何やら考え込んでいる……?
「あんなところで行き倒れさせる貴族なんざ、ろくなやつじゃねぇだろ」
いや、レクスたちの主なんですが……。ますます言えない……。
「そんなやつに嫁ぐくらいなら……俺がもらってやろうか?」
そう言って手袋越しに手を取って、ニヤリと笑んでくる。
「はいっ!?」
いくらなんでもそれは……!レクスの主君よ!?しゃれにならないわよ……っ。
「安心しろ。大抵の貴族はこの手で捩じ伏せてくれる」
いやいやいや、相手は北部の猛将……!いくら超人的なレクスでも……っ。
「いや、その――――……」
たとえ冷酷公爵と呼ばれるお方相手でも、さすがに主君を裏切るようなことはさせられないってば……っ!
しかも何か……これって俗に言ういい雰囲気ってやつでは……。
どうしよう……私が嫁ぐのは……公爵さまなのだ。
「すぐに答えは出せなくてもいい。嫌になったらいつでも駆け込んで来いよ。匿ってやる」
「……っ、あ、ありがとう。レクス」
やっぱり、優しい。
「あぁ、シェリカ」
そう、優しく微笑みながら名前を呼ばれるのはどこか、嬉しいような。特別みたい……いやいや、違う。勘違いをしてはダメだ。
私は王族に生まれたものの責務を果たさなくては。
少なくとも私は……レクスが言葉をくれたら……まだ頑張れると思うから。
この身体の火照りは、焚き火のお陰か、それとも……。
しかしどうしてか暫しその手の感触にに浸りたいと思ってしまったのだ。
熱の余韻を感じながらも時折、小枝や松ぼっくりを加えながら、焚き火を絶やさないようにしていれば……。
「吹雪が……止んできた……?」
吹きすさぶ吹雪の音が小さくなってきた。
「そのようだ」
レクスも頷く。
そしてザクザクと雪を踏みしめる重い音が聴こえてくる。
「(レクス……っ)」
「心配ねぇよ……あれは……」
そして松明の光が見えたと思えば。
「やぁ、隊長、シェリカちゃん。無事で何よりだね」
洞の中へひょっこりと顔を覗かせて来たのは……。
「副団長さん!?」
そしてへらへらと笑みながら手を振る副団長さんに向かって、レクスは満足げに笑んだ。
「上出来だ」
魔法伝令は無事に届き、副団長さんはその通りに迎えに来てくれたらしい。
「あと、追加で伝えた分は?」
「手配済み!しっかし……酷い御者もいたもんだ。シェリカちゃんも安心してね~~。捕まえたら容赦なくひんむくから~~」
あ……。あの御者の手配の件か。
――――やがて街の門の松明が見えてくる、心配しながら待っていたアセナさんたち騎士団のみなさんに迎えられ、私たちは無事に戻ることができたのだった。
その後、吹雪を逃れて、軍馬を連れたひとりの男が街に逃げ込んだと言うが。それが手配書どおりの見た目だったことで、即座に砦に駐屯していた騎士たちに縛り上げられたらしい。
――――そんな話を……公都に向かう道中、レクスが教えてくれた。
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