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公都に到着日
――――翌朝。中継地を出発した私たちは、日暮れ前には無事に公都に到着することができた。
「ここが、公都……」
「そうだ。すげぇだろ」
「うん……っ!」
すぐ後ろから届くレクスの言葉に、迷わず頷く。
私は今日も何故かレクスの馬に乗せてもらっており、レクスが公都のことをたくさん教えてくれた。
公都の周りは、魔物の襲来を防ぐための堅牢な城壁が綴られている。さすがは王都とは別に『都』を名乗ることを許された土地である。
「公都の外壁には東西南北に門がある。東西の門はほかの北部領地、南門は王都の方向。北門の先は……人間は住まないから、魔物への警戒にあたる砦だな」
うんと……北部のさらに北方と言うのは、ここからでも見える真っ白い山脈が軒を連ねており、その先はいざ知らず。人間の越えられない領域だと聞いたことがある。
「因みにこの外壁はな、でかすぎて歩いては渡れない。雪もあるしな。馬がなければ公都の中の乗り合い馬車を利用するのが一番いい手だな」
「王都にも少し似ていますね」
王都で雪がある時は少ないけれど、王都の外壁もまた広大だから、歩いてその周りを巡るのはお勧めできないわね。
私は王城の中から見ることの方が多かったけれど、王城からでも見える城壁も高く堅牢な佇まいだった。そしてここと同じく東西南北に門があるのよね。
それから、王都の移動も基本は馬か馬車。貴族だからとかそう言う問題じゃない。
平民も行き来するためには乗り合い馬車が必須だった。価格はお高めだから、気軽には利用できないが。
「だが王都には負けてねぇ!」
えぇっ!?何か対抗意識燃やしてない……?
「まぁ、王都より物価は低いから暮らしやすいと思うな。乗り合い馬車は公共だから公都民なタダだし、それ以外でも安く済む」
と、副団長さん。物価が低いのは、公爵さまの方針なのだろうか……?しかし、公共って。
「王都じゃ考えられないです……!」
少なくとも王都では、庶民も利用する乗り合い馬車は個人経営のはずだ。
「ここは冬が長くて寒い。足がなけりゃ、ひとの足も物流も滞る」
確かに……王都とは事情が違うのよね。
それゆえの政策なのかもしれない。
「王都よりもなかなか住みやすいと思うぜ?保証してやる」
「隊長、それ自慢?」
アセナさんがニヤリと微笑む。
「別にいいだろうが」
レクスも北部が……そしてこの公都が好きなんだな……。何だかほっこりしてしまう。
そして私たちは公都の南門から入ることになった。ここは王都から北上する際に通る門なのだそうだ。
南門は出入口の通路が馬車や馬の通る道と、徒歩で通る道に分かれ、出入りできるようになっているようだ。
普通は貴族の通る道や平民の通る道で分かれているもので、平民側は待たされるのが基本……と、辺境伯さまに聞いたことがあるのだけど。こちらは分かれていないのかな……?
「急病人や急ぎの希望があれば、俺たちよりも先に通せよ。騎士団は入る前も入った後も、何かと移動に時間がかかる。必要なら待たせていい」
「はい、助かります」
レクスが門番さんたちにそう声をかけている。
公爵さまは冷酷……とか言われているけれど、騎士団のみなさんや公都のみなさんのやり取りはどこか優しく、温かい。
そしてレクスの馬に乗せてもらいながら、門を潜ろうとした時だった。
「お待ちください!順番ですから!」
列の向こうから、門番と思われる男性の声が響いた。
「だから、わたくしは王都からの特別な任務でこちらに来ているのです!わたくしを最優先に通しなさい!」
うん……?何かどこかで聞いたような声が……いや、気のせいかしら。
「いえ、困ります!怪我人の方や高齢の方を優先しているので、順番を守ってください!」
「わたくしを誰だと思って!?わたくしは貴族ですのよ!?優先して当然でしょう!早く貴族用の通路に案内なさい!何故こんな平民どもと一緒に……っ」
貴族にはああいうひともいるのよね……辺境伯さまはどこまでも紳士で優しい方だったけれど。横暴なのはクリスティナに限らず、権力者にはありがちなのだ。
「そんなものはありませんが」
馬の上から困ったように告げる門番と、高級そうなローブに包まれた数人を見つける。あれが貴族を名乗る一行だ。そして貴族用の通路がない……と言うひとことに、ローブの一行の中のリーダー格の女性がまた叫ぶ。ローブの下から流れる金茶の髪はどこかで見た気がするのだが……どこでだったかしら。
「何ですって!?ここの公爵は野蛮だと聞いていたけれど、貴族用の通路まで用意していないの!?」
や……野蛮って。相当な猛者とは聞き及んでいるけれど、そこまで言わなくても……。
そしてその言葉にはさすがに周囲の団員さんの表情が曇る。
「公爵ですらちゃんと順番守って入るのにねー」
と、副団長さん。そうなの……?やっぱり公爵さまは想像していたような……ただ恐いひとではないのだろうか……?
周りの団員さんたちも、公爵さまへの貶し言葉には不快感をあらわにしているし。
「ふん……こうなりゃ俺自ら、いっぺん怒鳴り付けてやろうか……!」
「レクス!?」
相手は貴族よ!?
レクスもいいとこの出身のようだが大丈夫なのだろうか……?……まぁ、私も王族ではあるけれど。
でも、レクスも主の公爵さまを貶されて頭に来ているってことなのかしら。拳を握って闘志をあらわにしている。
「大丈夫、大丈夫。俺が行ってくるから、隊長たちは待ってて」
副団長さんがニコニコ嗤いながら、渦中の現場に赴く。
「あの、大丈夫でしょうか、副団長さん」
相手は貴族なのだが……。いくらいつもにこにこしている副団長さんとはいえ、あの手の貴族は長いものに巻かれそうなタイプに見える。つまりは自分たちの方が上だと思えばしつこく自分の方が上なのだからと吠える……一番面倒くさいタイプの貴族。
「問題ねぇよ、見てみ?」
レクスが示した方向を見れば、副団長さんが呈示したものを見て、例の一団がおとなしくなった。
やはり公爵さまお抱えの騎士団の副団長さんだもの。彼女たちも大人しくなるってことかしら……?
「隊長ぉー、解決したよ!あいつらは順番守らなかった罰で一番後にしたから!」
副団長さん容赦ない……けど、他に並んでいたひともいるのだから、仕方がないことかも。むしろ、貴族が優先的に通れることが……ある種特殊な措置なのだ。
こちらではそれがない。郷に入っては郷に従え。公爵さまですら順番を守ってらっしゃるのだから、彼らも見倣って欲しいものである。
「よくやった、アレス。んじゃ、解決したし行くか」
レクスが馬を発進させる。
例の一団も……ふむ、大人しく待たされているようだ。
しかし……王都から来た貴族か……。まさか私の顔は知らないと思うが……念には念をいれて……ローブのフードをぽすりと被れば。
「寒いのか?」
そう耳元で囁いたレクスの身体がさらに密着した気がするのは……温めようとしてくれているだけ……よね……?
あと……そう言えば……!
「レクス。怪我人の方が先ほどいると門番さんが言っていたけど」
ポーションとか、いるかしら?
「問題ねぇよ。門を入ると簡易診療所があるから、そこで手当てしてもらえるし、それで足りなければ騎士団併設の治療院に運ぶから」
「遠征に参加していない治療魔法使いたちが診てくれるので安心ですよ」
そう、後ろからルカさんも教えてくれた。そして話しているうちに、私たちは公都の中に足を踏み入れた……!北部一の規模を誇る公都は、路上に雪が積もっていても人々の活気に溢れているようだ。
この活気を見たら、アセナさんの言っていた人寂しいと言う感覚が何となく分かる。
いや……遠征中も騎士団のみなさんに囲まれていたし、地元の人たちも途中途中で歓迎してくれて、たくさんの人々に出会って、一緒に過ごしたけれど。
ここはここで……桁違いである。さらには遠征に出ていた騎士団の帰還に、みなレクスや副団長さんに声をかけている。
あれ、でも……副団長さんよりもやっぱり隊長のレクスが先頭を行くのだ。そこがずっと不思議である。
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