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騎士舎
――――私が公都で滞在することになった騎士団の本拠地・騎士舎は、アイスクォーツ公爵の領主城の敷地の一部である。
だからすぐそこに……本来嫁ぐはずであった公爵さまがいるのだ。――――とは言え、今は。
「じゃぁこれもお願いしまーす」
「これ頼んだよ」
「後で取りに来るからー」
私がルカさんと共に訪れたのは騎士舎の中の物資支援部隊である。遠征時や討伐時は後方支援部隊となる。ここでは治療具の補填や、食料はもちろんのこと、武具のメンテ、治癒魔法使いによる治療も行っている。
そこに団員たちが次々に持ち込むのは鎧をやら、兜やら。剣などの得物は騎士本人が磨くことが多いそうなのだが。
「こちらでは武具の点検と、戦闘で薄れたバフ付けも行います。ほかのメンバーが鎧の汚れなんかを落としてくれるので、シェリカさんは私とバフ付けをしましょう!」
「は、はい……!」
「遠征から帰ったばかりで何なんですが、付与魔法使いは少ないので、こればかりは。バフ付けが便利になる、魔方陣を組み込んだ魔石もあるんですけど、その魔石の補充も付与魔法使いの仕事なもので」
それはそれは……大変な。
「あー、これは隊長のですね」
ここ数日で見慣れてしまった、レクスの黒い鎧だ。
「あの……そう言えばルカさん。黒い鎧はレクスだけでしたね……」
「えぇ。あと騎士団長も黒。騎士団長や隊長が不在の戦場では副団長が黒い鎧を着けます。他は青ですね」
確かに……アセナさんたちほかの団員さんたちは青なのに、不思議だった。
「そうなんですか……でも黒だと雪の中だと目立つので味方からしたら見つけやすいと思いますけど、魔物から見て格好の的となるのでは……?」
「そうですよ。的なんです。大将だからこそ……魔物の的になるんです。吹雪の中だと魔物も保護色で隠れてしまうことが多いんですが……大将の元目掛けて魔物が来るなら、狙いを定めやすいでしょう?」
「……っ、そんな、強引な……。でも、そうじゃないと」
「やっていけない部分もあるんですよねぇ。隊長も騎士団長も、それに対応できる腕を持っていますから、問題ないんですよ」
随分と荒々しい戦法ではあるけれど、それもこの特殊な土地柄だからと言うことだろうか。
しかし、気が付いてしまった。
「あ……だからレクスはいつも怪我を……」
自ら的になるから、攻撃もまず第一に受ける可能性が上がる。
「そうですねぇ。あと戦闘バカなので見境なくなるんですよ。特に隊長は。それに……ポーションも合わないことが多く、使いたがりません」
「ポーションが合わない……?」
じゃぁ私のは……。
「隊長のように魔力が強いと、たまにそう言った弊害が起こるといいます。効きにくいならまだしも、隊長の場合は逆に悪化することもあります」
「そんな……っ。私、知らずに……っ」
まさかとは思うが、無理して使っていたとしたら、どうしよう……っ。
「構いませんよ。何故かシェリカさんのポーションは普通に使っていますし、効き目抜群です。だから隊長のために作ってあげてください」
「……それなら……!」
よかったぁ……。合わない訳じゃなかったんだ。ほっとひと安心である。
「しかし……。ふふっ。だからですかねぇ。魔力相性がいいからこその……あの本能的な懐きぐあいでしょうか?あの隊長が珍しい」
「懐き……?」
まぁ……その……やっぱりあれは……懐かれてる?
――――そんな会話をしながら、バフ付け作業を進める。そして団員さんたちに鎧を受け渡すのは、ヘレンお姉さんたちが手伝ってくれる。
そうして作業を終えれば、もうすっかり夕方である。
「では、シェリカさんの寮の部屋はこちらでお願いしますね」
「おっけー、私たちが案内してくんねー」
「ほら、シェリカちゃんおいで。女性団員は女性団員用の区画があるからねぇ、私たちと近くの部屋だよ」
ルカさんが新たに部屋を割り当ててくれて、続いてヘレンお姉さんたちが案内してくれる。
そして案内された部屋は清潔で整った、簡素な部屋だ。王宮の部屋と比べても段違いに狭いが……しまうものがほとんどないクローゼットや、家具や私物もほぼおかれていないガランとした部屋に比べれば。やはり何もないのは寂しい。何も持っていない私には、これくらいの大きさがちょうどいいかもしれない。
「過ごしやすそうです」
王宮での生活のせいで、あまり部屋にものを置けないってのもあるしね。
「なら良かった!」
「でも何もないのもアレよねぇ」
「そうだ。あとで私たちのお下がりあげようよ」
「それはいいかも。普段着もないでしょ?」
「いえ……そんな、そこまでは……!」
と、遠慮したのだが。
「いいのいいの。もらって」
「ないと不便よ?」
「寝巻きもいるんだから……!遠征中でも非常時でもないんだから、休むときはしっかり休めた方がいいわ」
それはそうかもしれないけれど。因みに下着は帰路にてアセナさんが購入してくれて何とかなった。後でお金を返すと申し出たのだが、仮入団祝いとして返却不要だと言われてしまったし……。
その上、普段着や寝巻きまで……!
お言葉に甘えても、いいのだろうか……?そして暫くして……お姉さんたちは自分の部屋からワンピースや寝巻きを持ってきてくれた。しかも……抱えきれないほどにたくさん……!しかも、おしゃれなワンピースまで……!?
「あの、こんなにたくさん……」
「気にしないで。もうシェリカちゃんは妹みたいなもんだからね~~」
――――妹、か。
私は長女だったし、異母妹と言えばクリスティナだったから……何だか新鮮である。
それにこんなにすてきなお姉さんたちがそう言ってくれるのは……嬉しい。
「あ……ありがとうございます……!」
それにここなら……もらった服をクリスティナに盗られることもないのだ。
その事実にホッと安心する。
しかし、安心したところでふと思い出す。
――――そうだ。あと確認しておかなくちゃいけないことがある。
「あの……!公爵はさまは……本邸にいらっしゃるでしょうか」
これからのことを考えるにしても、一度公爵さまには会いに行かねばなるまい。
そのためには確認しておかなくては……!
「んー、公爵?いや……戦闘バカだから、帰ってくるなり予備の鎧付けてすぐに公都周辺の魔物狩り行っちゃったわよ。何か今回はやけに元気なんだから」
せ……戦闘バカって……公爵さまのこと……?何か最近同じ愛称で呼ばれた人を知っているような……。それともこちらでは男性をそう称することが普通なのだろうか……?
でも……今は不在なのか。
「いつ、戻って来られるでしょうか……」
「うん?夜には戻ってくるわよ」
「何たって愛妻料理があるんだものーっ」
「ねぇ?」
「あ、愛さ……っ!?」
えと……アイスクォーツ公爵さまは未婚では……!?それとも正式には認められてない、内縁の奥さまがいらっしゃるとか……っ!?
その状況で、政略結婚を陛下から命じられたなんて。
は……っ。だから受け入れたってこと……?本当に愛する内縁の奥さまがいらっしゃるから……政略結婚で王女を迎えても、冷遇すればいいってこと……。
いや……別に愛されることを望んでいたわけじゃない。
辺境伯さまとも、恐らくは白い結婚だが、辺境伯さまはそれでも私を大切に扱うと仰ってくださった……。家同士の政略結婚でそう仰ってくださること自体が珍しいのだろう……。
けれど……王命だから。
たとえ冷遇されたとしても、ここで働かせてもらえるようには、お願いしてみよう……!
「それじゃ。遠征帰りだから今日はゆっくり休んでね。明日も遠征後ってことで休暇だから好きに過ごせるわ。でも私たちへの愛妻料理はよろしくね!」
お……お姉さんたちへの愛妻料理!?確かに遠征中はお手伝いしてたけど。
「またお手伝いに行っても……いいのですか?」
「もちろんよ~~!行く時は連れてってあげるから!」
「は……はい……!」
少しでもお役に立てるのなら……!何かしたい……!それに……公爵さまは夜には帰って来られる。
けど、内縁の奥さまがいるなら……愛妻料理を振る舞われると言う夜は……遠慮した方がいいのかしら……?公爵さまにお会いするためには、もう少し様子を見てみよう。
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