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温かい場所
ここはお姉さんたちに連れてきてもらった騎士舎の食堂だ。
そこでは公都でお留守番をしていたと言う騎士のみなさんや、騎士舎の寮母さんを紹介してもらった。
「あら、隊長さんが拾ってきた女の子……!こんなにかわいいお嬢さんだったのね。女同士、何か困ったことがあったら、何でも相談してね」
「は、はい、寮母さん!」
寮母さんはとても優しそうな方で、たよりがいのありそうな女性である。
「それと、お夕飯ね。早速手伝ってもらえるかしら」
「えぇっ、もちろんです!」
そうして、寮母さんを手伝い夕飯の準備を進める。
お姉さんや早めに来た団員さんと配膳やら準備やらを終えれば、そこにちょうどよく現れたのは……。
「お帰りなさい、レクス……!」
「ん、ただいま」
副団長さんたちと騎士舎に帰ってきたレクスを出迎える。
騎士たちは基本時間交替制の勤務だから、食事の時間は分かれている。公爵邸の勤務の場合は公爵邸の賄いになるようで、全員が全員集合と言うわけでもないが……。
この時間は遠征終わりで明日休みの騎士たちも多く、大にぎわいである。
そしてレクスたちも……。
「今、お夕飯の準備中で……あ、お怪我はしてませんか?ポーションはちゃんと使って……」
「してない」
そう言われても……怪我をしているところがないか、チェックしてしまう。
――――その時。
「今回はしてないよ~~、シェリカちゃんっ!一応遠征から帰った後だし。公都周辺に異常が生じてないかの軽い見回り代わりだからね」
隣に並んで立っていた副団長さんが言うならと頷く。
「……おい。言っておくが、あんまりコイツの言うこと信用すんなよ?」
「……え?」
それは一体どういう意味だろう。
「ちょっと隊長~~!誤解を招く言い方やめてくれる~~?隊長の見回りについては俺はプロ!専任だからねぇ~」
「うっせぇ。あと、誰が俺の見回りのプロだ。んなもんに任命した覚えはねぇぞ?ただでさえうさんくせぇ上に、てめぇはその顔が既にもう詐欺だろっ!」
顔が既に詐欺とは一体どういう意味だろう?
確かに副団長さんは……妙に整った顔立ちだとは思うけれど。
「あはははは――――。ひとは見た目が全てじゃないってことだよ~」
「えっと……その……副団長さんは、ちゃんと優しいと思います……!」
「ぶはっ」
レクスが吹いた!?
「てんめぇコラァッ!遠征中に何仕込んだ――――――――っ!」
そしてその時、勢いよく副団長さんの頭を叩いた人物に気付き、びくんと肩が跳ね上がる。
お……大きい。多分辺境伯さまと同じくらいの年齢だろうか……?
ガタイがよく背が高くて、屈強な……。このアイスクォーツの地を守ってきた歴戦の戦士らしさを感じる。
まるで、東部の辺境を守ってきた辺境伯さまのような風格だ。……もう、あの方の元へは嫁げないけれどね。
「いったぁいっ!何すんのさ~~。団長ったらひどくないー?シェリカちゃんは純真なお姫さまなんだからー」
お……お姫さま……。まぁ、その……王女ではあるし、もう降嫁するために王宮を出たのだから、元王女だろうけど。副団長さんのその言葉についつい反応してしまう。しかし……。
「き……っ、騎士団長さん……?」
この方が……!
レクスが遠征に出る時は大体は公都で留守を預かることが多いと聞いた。
もしも有事の際は騎士団長さんも出るから、副団長さんやもしくは隊長職の騎士が留守を預かるのよね。
……あれ?でもならどうしてレクスは、どの隊長よりも、騎士団長さんよりも我先にと先陣を切っているのだろう……。
――――とは言え、騎士団長さんがこちらを向き、ニカリと笑んでくださる。
意外と優しそう……いや、意外と言っては失礼か。
「私が団長のニキアスだ。因みにこの男は剣と魔法の腕は確かだが、性質はクズだと思っている。君も騙されて……はいないようだから安心した……!これからよろしくな」
「は、はい!シェリカと言います。こちらこそ、よろしくお願いします……!」
しかし、ニキアス団長が副団長さんを示して告げたのは……。いや……く、クズ……!?しかも性格ではなく、『性質』なのだ。副団長さんは相変わらずへらへらしながら『団長ひっど~~』と言っているが。
冗談……とも言い切れないこのモヤモヤは何だろうか……。
「まぁそれはともかく。改めて君が来てくれたこと、歓迎する。他の団員たちからも聞いたが、君のポーションはなかなか素晴らしい効能だとか。ポーションアレルギーの激しいコイツにまでポーションを使わせるとは……恐れ入ったな……!」
騎士団長さんが隊長さんを見ながら『コイツ』と親指を向ければ、レクスはふいとそっぽを向いてしまったが。
「ポーションについてもルカのお墨付きとは珍しい。鎧や装具のバフ付けもできると聞いたぞ。騎士団としては是非とも欲しい人材だが……正式な団員になるためには身分証明なども必要だから、そこら辺はおいおいな!」
身分証明、か……。平民として過ごすとしても、それならば王女としての身分証明は……無理だろう。私を私と証明するものは、それくらいしかないが。
だけど、もう降嫁として王宮を出された身だし。なら……公爵さまに事情をお話して、身分の証明をしてもりわなくてはならない。
――――やはり……公爵さまに愛妻がいようと、冷遇されようといずれは会いに行かないといけない。
それまではせめて騎士団にはおいてもらえるように、信頼を築かなくては……!
そして、考え込んでいれば、後ろから声がかかる。
「あら団長。たっだいまぁ~!今日はこっちなのね~~」
「まぁ私たちの遠征帰りだし?」
「その様子だと、城の方も落ち着いてるみたいね~~!――――ったく、どっかの誰かが戦闘バカだから」
いや、戦闘バカって……隊長さん……?いや……公爵さまだろうか……?ど……どっちなのか……他の方のことなのか……?
「ほら、突っ立ってないで!あなたたちも席についたついた~~」
ヘレンお姉さんたちが気付き、手招きしてくれる。配膳を終えて招かれた席に着席すれば。
「シェリカちゃんはお姉さんたちのとこおいで」
「そうそう」
「今日はお姉さんたちとたっくさんご馳走食べようね~~!」
そしてお姉さんたちと一緒にアセナさんも合流する。
「おい……ちょ……っ」
何故かレクスにも呼ばれるが……。
「ダメよ!今回は私たちが独占するの」
「遠征中隙あらば独占して~~っ!んもぅ、隊長ったら!!隅におけないんだから!」
「そうよそうよ!私もかわいい女の子が入ったって楽しみにしてたんだからっ!」
お姉さんたちに加えて寮母さんにもぶーぶーと文句を言われ……レクスは『仕方ねぇな』と団長さんたちとのテーブルに向かって行った。
「シェリカちゃんはお酒飲む?」
「美味しいのが公爵邸から支給されたのよ~~!さすがは遠征帰り!」
「それに明日は遠征組は休みだから、気にしなくてもいいわよ。付与魔法使いでもさすがにお休みよ」
そう、アセナさんやお姉さんたちには言われたのだが。
「……いえ……その、あまり飲んだことがことがなくて」
お酒は飲める年齢ではあるが……いかんせんあまり飲ませてもらえる立場ではなかったし、そもそもパーティーなどにはほとんど参加してこなかったんだから。
「そう?なら無理は禁物よね。ジュースがあるわ」
「北部でとれたフルーツジュースよ。甘酸っぱい大人の味がたまらないの!」
「シェリカちゃんもどうぞ~~。初恋の、味よ……!」
「は、初恋……!?」
ごく……っ。ん……。確かに甘酸っぱくて……何だか薬効がありそうな不思議な味がする。色は……ワインのようで炭酸入りだけど……アルコールは入ってない。
それにしても初恋の味……一瞬レクスに助けられた時のことを思い出してしまった。
恋……恋、なのかしら。でも……私はそれを許されない。王女として生まれ、生きてきた以上は……国のために。
いや……今は……今だけは、この味をもう少しだけ堪能してもいいだろうか。
ごく……っ。
――――美味しい。ジュースをちみちみと飲みながら、騎士たちの賑やかな雰囲気を見守る。
ここは、温かい。
だけど……王族として育てられた身。ずっとここで……と言うわけにも、行かないだろう……。無意識に隊長さんの姿を目で追ってしまう。いや……ダメだ。私には……役目があるのだから。
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