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そして途中立ち寄った食堂では、北部で多く食べられているじゃがいも料理をいただくことができた。
「……それ、アセナたちからもらったのか?」
お姉さんたちの言っていた通り、上着を脱ぐことになったのだが……レクスがふと、そのお下がりのワンピースを見て呟く。
冬に良く似合うモカブラウンの生地とチェック模様の生地を合わせたもので、アセナさんたちがオトナカワイイからと推してくれたものだ。
「はい……!こんなにかわいい服……ありがたいです……!」
王城にいた頃はとても着られなかった。
「ふぅん……?そうだな。なかなか似合っている。あいつらも見る目があるな」
「えと……その……っ」
それはあくまでもアセナさんたちのことを褒めてるのだ……。そうに決まっている。
でもどうしてこんなに照れてしまうのか……頬がにやけないようにと口元を抑えれば、レクスから意味深そうな笑みを向けられてしまった。
そして……食事のあとはまた馬に乗せてもらい、門の方向へと向かう。
「門の側は商業区や工業区が多いかな。あと、すぐに騎士を出せるよう、こちらに常駐する騎士たちの宿舎もある。門番を務めてるやつらも、普段はそこに住んでいることが多い。ちょうど東門も見えてきた。昨日の南門ではないが、こちらにも簡易治療院もあるから……お使いでは行ったことあるか?」
「いえ……門の側はまだですね」
街中ならば何度か行ったのだが。
「なら、あっちも行ってみるか?」
「はい、是非!」
頷けば、レクスが引き続き馬を向けてくれる。
「この東門は他の北部の領地とも行き来がある。西門もそうだな。ただし北門の先は……手前は春になりゃぁ少し緑が見えるが……その先は永久凍土の山脈。砦はあるが、その先に人は住まないと言われている」
「でも、魔物はいるんですよね」
「あぁ。魔物はやって来る。あちらが奴らにとっても相当住みにくい場所なのか……なら、どうして魔物はあそこからやって来るのか……」
レクスが北方の山々を見上げる。
「もしかしたらあの先に巣があるのかも知れないな」
魔物の湧き出る、巣。それがあの山脈の先にあれば、あの極寒の険しい山々から魔物が下ってくる理由が分かる。
「だが人の足ではあの山脈を越えられない」
そうよね。あの雪に閉ざされた険しい山脈は、たとえ軍馬がいようとも、容易に越えられるものではないのだ。だから人には確かめようもないし、本当にあったところで対処は不可能だ。
しかし前回の遠征のように人の住む領域に巣が発生し魔物が湧き出る時のような被害が出るわけではない。レクスたち、公都を守る騎士たちは、山を下ってきた魔物がいないか見回りをし、もし見付かった時は公都に入れないように戦っている。魔物が山から大挙して押し寄せたりせず、はぐれ魔物のようにして下ってくるのは……少なくともあの山々の険しさに阻まれ降りて来られる魔物も制限されているのかもしれない。
「あそこの先に何があるかは誰も知らねぇし、本当に巣があるのかも分からんが。だが守らなければ、北部が陥落しちまう」
たとえ少量の魔物とは言え、あの険しい山脈を下りてくるのだ。並大抵の魔物ではないはず。
「そうなれば王都も危ないのよね」
「そう言うことだ」
「アイスクォーツ公爵が北部を守っているからこそここに最北端の都市・公都があり、こんなにも栄えているのよね」
「そうだな」
私の言葉に、レクスはどこか誇らしげに笑む。やはりレクスたち騎士たちにとっても、公爵さまは誇れる存在なのだ。
王都では冷酷と囁かれるものの、現地ではまるで正反対の印象を受ける。
北部の人々にとってはなくてはならないお方だと言うことがよく分かる。
そして東門の治療院に到着すれば、レクスに気が付いた騎士たちが駆けてくる。
「隊長!?どうしました!?特に魔物被害の要件は入っていませんが……視察ですか?」
そう問う騎士だが、私と一緒のことや、レクスの私服姿に首を傾げる。
「いや、今日はオフだ。ニキアスのヤロウに休めと無理矢理オフにさせられた」
そうレクスが言うと、対応していた騎士がぷっと吹き出す。しかし……団長さんに対してのその言い方はいいのだろうか……?いや、ニキアス団長とレクスを見ていたら、それも許されるような絆は感じるのだけど。
「遠征から帰って来られても相変わらずなんですから。落ち着いている時は休まれてください。今回は団長が正しいです」
騎士がそう告げれば、周りからも頷かれてしまう。レクスったら、いつもこうなのかしら……?私としても少しは休んで欲しいところである。
「……それは、その……ニキアスの言うことも分かる」
「でしょう?それで、今日はおとなしくデートですか?」
そして騎士の放った言葉にドキッとする。で……デートって……っ!確かに馬に乗せてもらって、2人で公都を巡ったけど……その、案内してもらっていただけ……よね……?
さすがに公爵さまのお膝元でデートは不味いのでは……っ!?
留守のことが多いらしい公爵さまだけど、今は一応公都にいらっしゃることは確からしいし。何処かで見られていたら……っ!
「お前なっ」
レクスが騎士を軽く小突き、周りからも苦笑が漏れるが……私としては気が気ではないのだが。
「あー、あと、治療院見てく」
「いや、それ視察じゃないですか。オフなのにしれっと視察なんてするなら団長に言い付けますよ」
よ……容赦ない……!
しかし今回は……。
「違ぇよ。シェリカに見せるだけだ」
「……シェリカちゃん……あぁ、新しく来た付与魔法使いの子ですね。聞いてますよ~~!」
私の名前、割と知られてる……?それはその、やはりルカさんに付与魔法を習っているから……なのよね?
「今は落ち着いてますし、大丈夫でしょう」
騎士がそう答えてくれて、次に私を見る。
「でも、隊長が仕事しようとしたら、遠慮なく団長にチクッていいからね」
そう、私に教えてくれる。
えぇと……告げ口ってこと!?
「こら、変なこと教えんな!」
レクスの言葉に、周囲から苦笑が漏れる。
「ほら、シェリカも。行くぞ」
「……はい!」
レクスの手を取り、門の騎士さんたちに手を振り別れれば、早速治療院を覗かせてもらう。
「あれ?隊長?視察なんて聞いてないけど」
そこでも治療師たちにそう声をかけられる。
「視察じゃない。今日はオフだから。シェリカは付与魔法やポーション作りをやってるから、ちょっと見せに来ただけだ」
そう告げると、治療師のみなさんも私のことを知っていたのか、どんどん周りに集まってきた。
「ヘレンたちから聞いてるよ~!」
「新しく入ったんだって?今度うちにもお使いに来てね」
「隊長ったらデートなんてやるわね!」
いや、またデートって……!
「こら、あんま困らせんなよ」
レクスは溜め息を付きつつも、何だか微笑ましそうに見守ってくれた。
治療師のお姉さんたちに珍しいポーションを見せてもらったり、公都の美味しいお店を教えてもらったりしながら、楽しく過ごせた。それから治療院の様子も見せてもらって、話で聞くだけよりももっとイメージが掴めた。
「参考になるか?」
「もちろんです!ここではここならではの治療があるんですね。ポーションやお薬の備蓄を見ても分かります」
「へぇ……そこら辺も詳しいんだな」
「王都でも治療院に出入りしてましたから。ここはここで、王都とはまた違いますね」
「気候の面もあるからな。あと、ここは遠征や見回りに出ていた騎士も診るし、旅をしてきた商人や一般民衆も受け付けるからな」
まさに応急措置と言った道具も揃っている。
そうして治療院の見学を終えれば、治療院のお姉さんたちに手を振って、私たちは帰路につくことになった。
――――そうして順調に公都巡りを終えて騎士舎に帰還すれば、副団長さんが出迎えてくれる。しかし……何故副団長さんが……?
レクスは馬からひょいっと降りると続いて私を下ろしてくれる。
「隊長。ちょうど良かった。団長が呼んでるよ」
「うん……?分かった。今から行く。シェリカは先に戻ってな」
「はい!その……レクス」
「どうした?」
「今日は、楽しかったです……!」
「……そうだな、俺もだ」
レクスがクスリと微笑むのに、どこか嬉しくなってしまう。
副団長さんと団長さんの元に向かうレクスに手を振れば、私は騎士舎の寮に先に戻ることにした。
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