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クリスティナの影
――――夕食の準備の時間になれば、自然とお手伝いに加わるのも随分と普通になってしまったかしら。
夕食の準備を済ませれば、レクスたちも戻ってきて、団長さんや副団長さんとテーブルを囲っている。
「シェリカちゃん、こっちだよ」
「はい、アセナさん!」
私はアセナさんとそのそばに座り、本日も美味しい夕食だ……!
因みに本日のメインはグラタンで、大きなグラタン皿で焼いたものを、みんなで分け合うスタイル。こうして大皿の料理をみなで分けるスタイルにもすっかりと慣れてしまった。
王城だったら、とてもじゃないけど、考えられないわよね。
そうしてみなで協力してグラタンを取り分け終えると、席に付きフォークを取る。
「……それで、シェリカちゃんは今日の隊長とのデートどうだったの?」
「で……デートっ!?」
アセナさんの言葉に口に含んだグラタンを吹き掛けてしまった。いけない、いけない。やはり今日の外出はみなさんにデートと認識されているのかしら……。いや、ひょっとしたら単なるジョークかも知れないが。
「だって、一緒に2人っきりで公都巡りでしょ?」
それは……そうなのだが。
「その、公都の町並みを見られましたし、公都のこと、たくさん知ることができました。あと……ご飯も美味しかったです!」
「それは良かった!安心したよ。公都はどうだい?」
寒い土地ではあるけれど、みんな温かくて、優しい。
「その、何だか過ごしやすいなって思います」
「でしょう?まぁ、寒いのだけが難点だけどね」
「でも、おうちの中は温かくて、快適です」
「そうそう。公爵は代々家の暖房には力を入れてきたからね。もちろん、今の公爵だって」
「はい、代々の公爵さまのお陰ですね」
代々の公爵さまが積み上げてきてくれたことなのね。この厳しい冬を、みんなで生きていくために。
「いやぁ、しかし……。戦闘バカであの女っ気のない隊長にもついに春がねぇ。微笑ましいねぇ~~」
ニィと笑むアセナさん。
「あ、アセナさん……!そう言うわけじゃ……」
そもそも私は……この騎士舎のすぐ目と鼻の先にいる公爵さまに嫁ぎに来たと言うのに。何だかんだでまだ到着を報告に行けてないのに。
――――しかしその時、ちらりとレクスのテーブルの方を見やれば、気になる話が聞こえてくる。思わず耳を傾ければ、アセナさんも何事かとレクスたちを見やる。
「ほんっとなぁ……今日は非番だったのに。ついてねぇ」
「まぁ、俺としても今日はオフで過ごさせてやりたかったが……こればかりはな。できる限りノエが対応してくれたが、それでも収まりが付かなかったんだ。すまんな」
ノエさんと言うのは……騎士団員ではなさそうだけど。
「追い返してやっても全然良かったんだが……」
レクスが不満げに漏らせば、ニキアス団長が苦笑する。
「そうは言うな。相手は王都からのお客人なのだから」
王都からの、客人……?そりゃぁ遠征が終わり、再び王都からの行商人も来るようになったから、王都から客人だって、来ることができるだろう。しかし王都からひとが来たと言う事実に少し不安を覚える。
それにレクスたちの話からしても、明らかに歓迎していないように見えるものね。
「えぇと……何だっけ……?あの……王女の名前」
王女……!その言葉にビクンとなる。
まさかとは思うけど……わ、私の話じゃないわよね……?ここまで遠路はるばる私の話をしに来るようなひと、王都にいたかしら……?
「ほら、第2王女のクリスティナ殿下だよ、隊長」
そう、副団長さんが捕捉してくれる。しかし……クリスティナ……そっか、王女って、クリスティナのことか。
しかし、どうして今さらクリスティナの話題が出るのだろうか……。
あんなに公爵さまに嫁ぐことを嫌がった挙げ句、私を身代わりにしたと言うのに。
そして私たちの視線に気が付いたのか、レクスが教えてくれる。
「その王女の侍女が公爵邸にやってきてな。『公爵の婚約者が道中で死亡したことは公爵自身の責任でもある』~~との王女のオコトバと共にお金をせびろうとしてきたんだよ。……ったく」
えぇ……っ、公爵さまの婚約者!?そ、それって確実に私よね……!?しかし何故それをレクスに……?レクスが公爵さまの名代として応対したってことなのだろうか。だとしたら先ほどのノエさんと言う方も公爵さまの臣下のおひとりなのだろうか……?
「他にも王女が親族を失ったことに王女が涙してるとか何とか……。あぁ、白々しい」
いや、ないない、それはないわよ。レクスの話に思わず内心突っ込んだ。
クリスティナに限ってあり得ない。……むしろ自身の目論見通りの展開に高笑いくらいは決めていそうよね。いや、私は無事に生き延びたけど、それをクリスティナが知ったら、また荒れそうね。
「そして……その慰謝料が欲しいんだと」
それはもう、ただお金をせびる口実が欲しいだけでは……?
もうメチャクチャよ。散々公爵さまに嫁ぐことを嫌がったくせに、あまつさえ金をせびろうとするだなんて。
「しかもさぁ、俺の記憶では王命で公爵に嫁ぐって報が来たのは、第2王女殿下の方じゃなかったかなぁと思うのだけど……?」
と、副団長さんが告げる。
「俺もそう記憶しているが」
ニキアス団長も頷いた。
「……それどう言うこと?」
アセナさんが問えば、ニキアス団長が困ったように口を開く。
「どうしてかいつの間にか第1王女殿下が嫁ぐことになっていた」
そ……それって確実に私じゃないの。いや、クリスティナが身代わりで私をここに寄越した以上はその報が届いていないと、今までのクリスティナの侍女の言葉はおかしいわよね。当然と言えば、当然だ。
「ふぅん?変な話だね。間違える……なんてことは、あり得ないもんねぇ」
「それもそうだな」
ニキアス団長とアセナさんの話を聴きながらも、やはり疑問は残る。
クリスティナは……。私を身代わりに北部に寄越したり、御者に殺させようとしたり……。本当に何がしたいんだか。しかも今は完全に私が死んだことになっている。
やはり、公爵さまに生きてここに到着していることを伝えなくては。じゃないと公爵さまがクリスティナに金をせびられてしまうわ。
しかし……クリスティナの侍女ね。まさか北部行きにされる前に会ったあの侍女……?いや、まさかまさか。
「因みにその侍女と言うのは……どうしたのですか……?」
公爵さまの元に真実を告げに行くにしても、鉢合わせするのは気が引けるし、そうだとしても心の準備くらいはしないと。
「それなら、安心してくれ。公爵を使って追い返したから平気だよ」
いや、団長さん……?今公爵さまを『使って』と言わなかった……?
まぁ、既に追い返してくれたのなら安心だけど。
「そう言う時は頼れるからなぁ」
団長さんが笑うと、『おい』とレクスが不満げに団長さんに突っ込む。
レクスがその立ち位置にいるのはどこか新鮮だけど、何だか微笑ましくて。アセナさんや副団長さんと一緒に苦笑を漏らしてしまった。
冷酷と名高い噂はあれども……部下たちから頼りにされて……それに、あんなに活気に満ち溢れた公都を見たら、悪い方ではないのかもしれないとは思う。
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