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「な……何てことをっ」
材料費だって、ただではないのに。ポーション瓶だって専用の職人が丹精込めて作っているものだ。
欲しいものは何でも与えられてきたクリスティナにとっては、不要なもの。要らないもの。だからと言って……こんな……。
「ふん……っ、どうせならアンタがあの冷酷公爵に嫁げばいいのよ」
そう吐き捨てると、クリスティナは、新たに与えられた侍女と共に身を翻して去っていく。今度は金茶の髪の侍女だ。侍女でさえ王妃によって次々と替えが送られてくる。彼女にとっては侍女さえも使い捨てなのだ。
それにしても……。
やっと……、去ったか。
「……はぁ、片付けよう」
床に散らばった瓶の欠片に手を伸ばせば、さすがに城の侍女が駆け付けてくるが、それを手で制する。
彼女がむやみやたらに私に手を貸せば、そのしわ寄せは彼女に来る。最悪、王妃によって王宮の職を失うのだ。王妃によって王宮を追い出されれば、彼女を雇う貴族家などない。王都にも雇うものなどいない。王都にすらいられなくなってしまう。家族がいても、その家族ごと。
王宮で働くなら貴族の子女もいるが、その場合は家ごと貴族社会から干されるのだ。
王妃からどういう扱いをされるかを分かっていても、一瞬でも手を貸そうとしてくれた彼女やその家族を路頭に迷わせたくはない。
彼女も分かっているのか、悔しげな表情を浮かべながら引っ込む。
これで……いいんだ。
どうせもうすぐ辺境伯さまに嫁ぐ。嫁げばクリスティナや王妃から解放されるのだ。
ひとりで瓶の欠片を集めていた時だった。
「シェリカ……!お前何をしている!」
ハッとして顔を上げれば、そこにはプラチナブロンドの髪にアメジストの瞳を持つ、国中の女性が溜め息を漏らしそうな美貌の王太子がいた。
第1王子エーベルハルト・アメシスタ。
「……またクリスティナか」
王太子殿下はこの惨状を見て一瞬で悟ったらしい。
この人はクリスティナの実の兄、王妃の実子でありながらまだまともである。
王妃やクリスティナのやることに我慢ができずに反感を買った弟も、理由を付けて辺境逃がしてくださった。せめてこの国の跡取りがまともであったことが救いである。私も安心して輿入れができる。
そのためなら、これくらいは。
「あの、自分でできますから。平気です」
私はそう申し出るものの、王太子殿下が首を振る。
「お前たち、これを片付けなさい」
王太子殿下の命に、王太子の侍女たちが颯爽と動く。
「ですが、その、第2王女殿下が……っ」
何を言うか分からない……。それから王妃さまがバックについているのだ。王太子だって、婚約者のクレアさまの事故のことがあったのだ。それは充分に分かっているはずなのに……。
「そんな呼び方をするもんじゃない。お前は第1王女だろう」
それはそうだが……私の方が少しだけ早く産まれたというだけ。それに私は亡き側妃のお母さまの娘。正妃の子であるクリスティナたちとは違うのだ。
「それにお前は嫁ぐ身だ。その直前に怪我でもされたら困る。お前が嫁ぐ前に怪我でもすれば、辺境伯にどう詫びればいい」
「そ……それなら、ポーションがありますので!」
ポーションがあれば、たとえ瓶の破片で指を切ったってへっちゃらよ。
「そう言う問題ではないのだが……。とにかく、お前は嫁ぐための準備もあるだろう。そちらを優先しなさい」
「……分かりました」
まぁ、確かに王太子殿下の言う通りでもある。これらは嫁ぐ前に、最後に王城の医務室にでも卸そうとしていたのだが、結局ダメになっちゃったわね……。
王太子殿下に退出の礼をすると、私は自室に急いだ。とは言え自室に置いてあるのはワンピースと、自作のお守りやポーションくらい。あまりものを置くと、クリスティナが奪い取りに来るから……。ドレスなどおけるわけはないから、社交界にもほとんど出ていない。宝石などもっとダメだ。城下町で買った小さな小物でさえも、王宮には不釣り合いだとクリスティナが破壊していく。だがさすがに私の予算を勝手に使い込んだ時は王太子殿下にばれて、加えて陛下に叱られて以来、使い込みはないのだけど。……使うとしても質素なワンピースやお守り、ポーションの材料くらいだが。
だから準備といったって、ワンピースやポーションなどを詰めて持っていくだけ。
……お母さまの遺品は……弟が王都から逃がされる時に、弟に持たせてあるから、辺境にあるだろう。
早く……早く辺境伯さまに嫁ぐ日に……ならないかしら……。
それだけを思い、生きてきたのだから。喉が渇き、水差しの水に手を伸ばす。
「……辺境伯さま……」
余っている材料を調合して、出来るだけバッグに詰めていこう。
辺境でもポーションは、きっと喜ばれるはずだ。辺境伯さまも……喜んでくださるだろうか。
――――そう、思いながらも。
「あれ……?」
何か、変……?
ふわりと意識が遠のいていく。
※※※
ゴオォォォォォォ――――――――――っ!!!!
「……っ!?」
揺れる馬車の中、意識が覚醒した途端に耳朶に響いてきたのは……まるで魔物のような咆哮だった。
「は……?ここ、どこ……!?」
一体どうなってるの……っ!?
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