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アレス
――――2人の意思を確認し終えれば、レクスがノエさんを呼んでくれる。
そしてニキアス団長と、副団長さんもやって来た。
「さて、シェリカ殿下」
と、ノエさんが切り出すが。
「えぇと……殿下じゃなくてもいいです……」
あまり呼ばれ慣れていないのだ。私に仕事を押し付けるのに、王妃さまとクリスティナは私が王族の証で呼ばれることを許さないから。
しかし、そうは言っても、やはり戸惑うわよね。やはり王女であることは変わらない。ノエさんもニキアス団長も考えあぐねているようだ。
しかしその空気を破ったのは、いつもの笑みの副団長さんだった。
「そうだよノエさん……!シェリカちゃんはシェリカちゃんだよ~~っ!」
「こら!あなたはもう……いや、今さらですが……」
はぁ……と、ノエさんが溜め息を漏らす。
でも副団長さんの明るさに、少し救われた感はあるわよね。
「ふふふ。てっきり妹になってくれると思ってお兄さんドキドキワクワクしてたんだけどねぇ?まさかこんなところで会えるだなんてっ!」
う……うん。
だって副団長さん……アレスさまは……辺境伯さまの弟君のひとり、アレクシスさまだ。
だから私が予定どおり辺境伯さまに嫁いでいれば、私の義兄になっていたのだ。
辺境伯さまからは、アレクシスさまは辺境伯騎士団ではなく別の騎士団に所属していると聞いていて、名前だけは知っているがお会いしたことはなかったのだ。
末の弟のレナンさまは紹介していただいたことがあるけれど、三兄弟の真ん中にあたるアレスさまのことは名前を聞いただけだった。
別の騎士団に所属しているのだから仕方がない……とは思っていたけれど。
まさかのアイスクォーツ騎士団だったのか。私もまさかこちらで出会うだなんて、思ってもいなかった。
「いや、待て。何だ義妹って!お前の義妹とか危なすぎるぞ……!?」
ニキアス団長が副団長さんを睨むと言うか……凄んでる!?
「あっはは。心配しなくてもうちのお兄さまにどやされることはしないって~~」
にぱにぱしながら副団長さんが笑う。
「でも大変だったよねぇ~~。だけど、あの王女サマは公都の外に捨ててきたから安心してねぇ」
そっか……クリスティナを無事に公都の外に……。てか、捨ててきたって……言い方。いや自業自得だから庇ってあげる義理はないけど。
しかし、やはり気になるのが……。
「その、副団長さんはいつから気付いていたんですか……?」
だからこそ、辺境伯さまに連絡を取ったのだろう。
「あぁ、それ……?前に王都でちらっと見たことがあったからねぇ。似てるなぁと思ってさ。うちのお兄さまの婚約者だったし、こっそり見に行ったことがあるんだ。……でも、会わせてはもらえなかったのは何でだろぉね?こっそり見に行ったことまでバレて怒られたし~~」
王都で……?私は全く気が付かなかった……!
副団長さんは人懐こい笑みで首を傾げるが……本当にどうしてだろう。それに副団長さんは『会わせてもらえなかった』と言ったのだ。そこにはどんな事情があったのだろう……?
「当然だ。お前は大切な婚約者に一番会わせたくない男だ」
「辺境伯閣下はよい決断をされた。さすがは東部の守護神。尊敬にあたいする」
「そうですよ。アレスは縁起でもない男ですからね。本当に危険きわまりない。さすがは辺境伯閣下です」
レクス、ニキアス団長、ノエさんからコテンパンに言われるのはやっぱり……何故っ!辺境伯さまはべた褒めとばかりに褒めていらっしゃるけど……!
「いやぁ~~、そんなに褒められても困るなぁ~~」
だ……誰も褒めてないと思うのだけど。むしろボロクソに言われてると思うのだけど。褒められてるのは辺境伯さまの方……!
そして案の定ニキアス団長に『こら』と小突かれていた。
「それに故側妃さまにもよく似ているから、見た瞬間にもしかしたらとは思っていたよ」
お母さまのことまで……知ってる……?いや、それは辺境伯さまもだ。辺境伯さまはずっと陛下の直臣として仕えてきたから、当然お母さまのことも覚えていらっしゃる。
そして私とお母さまがよく似ていると仰ってくださったっけ。
それに副団長さんもお母さまをご存知なの……?辺境伯さまとは年齢がかなり離れていたはずだが。
「あとさぁ、連れて帰ってきた馬だけど……蹄鉄が王家御用達のものだったし、その印も見付けた。それが決定打だね」
いつの間にそんなところまで見ていたの……!?しかもそれを知っているだなんて……。王家のものには少なからず王家の印が刻まれている。だけど私ですら、王家の馬車であることをことさらに隠したあの馬車一式の中に、そんな証拠が隠れていただなんて気が付かなかった。
そして恐らく、王妃やクリスティナですらも知らなかったから……あの軍馬をそのまま遣わした。やっぱり副団長さんはへらへらしているけれど、実は結構な切れ者よね。
私の正体にも見た瞬間に勘づいていたからこそ、出会ったばかりの私が騎士団に同行するのも快く受け入れたってことかもしれない。そうじゃなきゃこんな切れ者な副団長さんなら迷わず私ののとを疑いそうだもの。
「お前……やはり最初から知ってて黙ってたか」
ニキアス団長が副団長さんを睨む。
「あっははー。うちの隊長も気に入っちゃったみたいだし。王家がタダでくれるって言うならもらっとくのもありかと思ってねー。隊長にもそろそろ身を固めて欲しかったし」
副団長さんがレクスにそう告げれば、レクスから何とも言えない眼差しを向けられる。
「まぁ、嫁に来るのがクリスティナ王女だったら、王家にもお兄さまにもバレないように処分したけど~~」
「当然だ。俺も止めねぇっ!」
いやいや、そこは一応止めてよ!まだ王女であることは確かなんだから……っ!
でも……蛇蝎のごとく嫌われたわね、クリスティナ。いや、本人がしたことを考えれば当然かもしれないが……。だけど副団長さん、今さらっと恐ろしいことを言わなかったかしら。
そしてその副団長さんの意見にはニキアス団長とノエさんも頷く。
「残念ながら、やるからな」
「むしろ普段から辺境伯閣下にバレるようにやってるのは何なんですか」
えぇっ!?本当に……っ!?そしてわざとバレるようにやってるの!?そうなの、副団長さん……!
「あははー、何でだろ。こう見えてもお兄さまっ子だからかな~~」
「絶対嘘だ」
「嘘ですね」
「俺もそう思う」
相変わらず3人からフルボッコに言われてるのだけど……う~~ん、真相はいずこに。
「つーか、てめぇアレス。知ってて何でずっと黙ってた」
レクスの口がすこぶる悪い。
「だって、シェリカちゃん隠しているみたいだったし、このまま隊長のお嫁さんになってくれるのもいいかな~~って思ったんだよ。でもシェリカちゃんってうちのお兄さまの婚約者だったから、そこら辺は慎重にならないとねぇ」
た……確かに、そうなのよね。
しかし、公爵でもあるレクスにも言ってなかったことに関しては……。
「ところで……お前が俺にも言ってなかったことに関しては、あとで辺境伯に連絡しとくからな……?いいよな?」
「うげ……っ」
あ、副団長さんのへらへら笑みが剥がれた。
やっぱり恐いものなしなように見える副団長さんの弱点は……辺境伯さまなのだろうか。
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