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とある事件
――――クリスティナが去り、北部は再び平穏を取り戻した。
しかし……問題は山積みなのだ。
「まず、シェリカさまのことですね。こちらとしては嫁がれるのは第2王女殿下と聞いておりましたので、そこは王城に確認を取る必要があるかと。公爵」
「……分かった。王城には至急魔法伝令を飛ばす」
レクスが頷く。
「それまではシェリカさまには公爵邸の部屋をご用意いたしますが」
「いえ……、その、私は騎士舎の寮がありますし」
「しかしさすがにそこで……とは。それに御身のことを考えれば、騎士団に身をおかせるのもどうかと……」
やはり私が王女と言うことで、ノエさんも戸惑っているのだろう。なるべく負担はかけたくないけれど……。
「シェリカがそうしたいんならいいだろ?まだ王城から正式な命も確認してない。それに、シェリカが抜けたらルカも困るだろう」
レクスは、私が今まで通り騎士団のお仕事をしてもいいって言ってくれてる……のよね。
「いや、しかし、そもそもシェリカさまに騎士団の仕事をさせるのは……」
「俺の嫁になるんなら、別に構わないだろ?俺だって騎士団の仕事をこなしている」
「まぁ、確かにそうですが」
「そうそう、ノエさん。シェリカちゃんがお嫁さんに来てくれるんならこちらとしても万々歳でしょ?それに騎士団にとっても、隊長にとっても、シェリカちゃんの才能は活かすべきだと思うな」
「副団長さん……!」
「まぁ、今回ばかりは俺もアレスの意見に賛成だ。今回だけな」
「何で念押しするのかな?団長」
副団長さんはニキアス団長に苦笑いを浮かべるが、しかし現状では騎士団のお仕事も続けられるのだ。
だけど、正式に婚姻をしたら……どうなるのだろうか……?
レクスに嫁げると言うか事実は嬉しいことだが、しかし騎士団も私にとっては大切な場所なのだが……。先のことは陛下がお決めになること。そこが固まらない限りは、未来のことを語ってもしょうがないのだろうか……?
「正式に答えが来るまでは……分かりました。シェリカさまにはお好きなように過ごしていただきましょう」
「あ、ありがとうございます!」
そしてノエさんたちのもとを後にすれば、廊下でばったり会ったのは、アセナさんだ。
「やぁ、シェリカちゃん」
「その……アセナさん」
クリスティナが連行される時、それを担当したのがアセナさんたちなのだから、私がクリスティナの姉……つまりは王女であることも知っているわよね。
「大体の事情は察してるけど……私らも今まで通りでいいのかな……?」
アセナさんが少し戸惑い気味に告げる。
「も、もちろんです!」
むしろ、せっかく仲良くなったアセナさんにも、王女として扱われたら……。
「……なら、良かった……!」
アセナさんがぎゅっと抱き締めてくれる。
「アセナさん……?」
あの時と同じ……温かい腕の中だ。
「でも、まだ正式に発表とはならないんでしょ?」
「そう……なんです。城から正式に返事が来たら……その……みなさんにも……!」
レクスとのこと、ちゃんと話しておきたい。
「分かったよ。私たちもそれまでは待ってるよ」
アセナさんや、ほかの女性騎士のみなさんも……。
「あ、ありがとうございます……!」
「いいの、いいの。ようやっとうちの隊長に嫁が来るチャンスだよ?それに、その嫁がシェリカちゃんなら大歓迎だよ」
「……そう仰っていただけると、嬉しいです!」
思わず胸を撫で下ろした。
「……あ、ところで、シェリカちゃんが嫁ぎに来た相手ってどうなったの?やっぱうちの隊長が何とかした?」
「あ……っ、そのことなんですが……」
「うん……?」
「その……アイスクォーツ公爵です」
「……あら」
それにはアセナさんもきょとんとして、それから苦笑する。
「みんなに発表するのが楽しみだね」
アセナさんがどこか悪戯っぽい笑みを浮かべた。
※※※
その後は私は騎士団と公爵邸のお使いをこなしている。アセナさんなど一部の団員は私の出自を知っているけれど、正式に発表されるまでは待ってくれている。
良くしてもらっている以上、ほかの団員さんたちには内緒にしてることは少しもどかしいが。
今は王城からの正式な命を待つのみね。
そして一方で、ノエさんやセルくんとの交流も続けている。あと、セルくんは……そう呼んで欲しいのだと言うことをお付きのメイドが教えてくれて、私もセルくんのリクエスト通りそう呼ぶことにした。
そしてお使いの途中……ふとぱたぱたと駆ける天使の足音の方向を見やる。セルくんはバルコニーの外に恐る恐る出て、かわいらしく雪に足跡をつけている。
レクスも今こちらにいるはずよね。確かニキアス団長との打ち合わせだったはずだわ。
レクスが帰ってくるまで、時間を潰しているのかしら。
ぱたぱたとセルくんに向かって駆けていくと、いつものお付きのメイドのロザリーと出会う。
「シェリカさま」
「ロザリー。もしかして、レクスを待っているの?」
「えぇ、打ち合わせを終えたら来られますから。今日は少し温かいので、少しだけ外に。よければシェリカさまもいかがですか?」
「はい。お使いは済んだので、この後は何もないですし」
ロザリーが外套を差し出してくれたのを羽織り、一緒にセルくんに駆け寄る。
相変わらずの雲の多い寒空だけど、風は凪いでおり、こちらの気候では温かい方である。
「……っ!」
セルくんがこちらに気が付き、手を振ってくれる。私も手を振り返そうとした時。
――――不意に視界の端を何かが駆ける。
ゾッと寒気を感じたそれに、素早く叫んだ。
だてに王城暮らしをしているわけじゃない。あれは……よくないものだ。
「セルくん……!」
私の声に、ロザリーも何事かと、セルくんに駆け寄る。
ちらりと垣間見えた鈍い光に、セルくんを抱き締め、雪の上に身を投げる。
「シェリカさま!」
ロザリーが叫ぶのと同時に、黒ずくめの男がこちらに刃を振り下ろそうとする……!
せめてセルくんを守らなきゃ……!悲鳴を出せぬセルくんを強く抱き締めると、ロザリーが私たちを庇うようにさらに間に入る。
「ダメよ、ロザリー!」
「これが私の役目です!」
ロザリーが強く叫ぶ。このままじゃ、彼女まで……っ!
しかし、その時だった。
「させるかっ!」
響いた聞き慣れた声が私たちと男の間に入り、そして素早く剣を凪ぎ払い、男は剣を弾き飛ばされ、血飛沫をあげながら雪原に身体を投げ出した。
しかし素早く体勢を建て直そうとする男を、続いて駆け付けたニキアス団長がこれ以上抵抗できぬよう押さえ付ける。
「無事か!」
「大丈夫、私もセルくんも無事です!」
セルくんを優しく抱き起こして、確認する。
「セルくん、痛いところはない?」
「……っ」
セルくんがこくんと頷く。
「……良かった」
レクスがホッと息を吐く。
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