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冷酷公爵
突如駆け付けてくださった救援は、まさかの辺境伯さまだった。
そのプラチナブロンドの髪は……思い起こせば副団長さんも同じ色を持っていた。
副団長さんを見た時のあの既視感は間違いなく、ユリウスさまの面影を重ねていたのだ。
そして普段は優しげなエメラルドグリーンの瞳も、今はキリッと王妃たちを見据えている。
しかし、どうして辺境伯さままで王都にいらっしゃるの……?
いや、救援……。あの時レクスが送った魔法伝令は、辺境伯さま宛てだったんだ。それに副団長さんも、辺境伯さまは賛成してくださると言っていた。うん、そう言うことだったのね。恐らく辺境伯さまたちも魔法伝令を受け取ってすぐに転移ポータルで駆け付けてくれたのだろう。
そして道を開け動かぬ近衛騎士たちに、王妃は驚愕して固まり、クリスティナは王妃の様子に目もくれずに悔しがる。
「もうっ!何で誰も動かないのよ!わたくしが命じているのに!」
一方で辺境伯さまは、引き連れてきた辺境伯家の騎士たちと共に、私たちと合流してくださった。
「ご無事で何よりです。シェリカさま」
そう言って、律儀に挨拶してくださるところも相変わらずね。
「しかし、今は悠長にシェリカさまとの再会を喜んでいる場合でもないようですね。まさか北部にいらっしゃるとも思いませんでしたが」
「そ……その節はご心配をおかけしました……っ」
しかし辺境伯さまが向けてくださるのは、いつもの優しげな表情である。
「いえ、こうして再会できただけで、嬉しく思います」
辺境伯さまったら……こんなときまで。
しかしすぐにその表情は真剣なものに変わり、スッと立ち上がれば、王妃やクリスティナと対峙する。迫力のある歴戦の猛者の表情。
「あなた方がシェリカさまに何をしたのか、北部で何をやらかしたのかは、レクスや弟のアレクシスから聞いています。今さら言い逃れができるとは思わないでいただきたい!」
「何よ……!辺境伯が来たからって、いい気にならないでよ!私は王族!王女なのよ!辺境伯が何よ、私の方が身分が上なのよ!」
「く……クリスティナ……っ!?」
辺境伯さま相手に声をあらげるクリスティナに、さすがに王妃がいいよどむ。
クリスティナが辺境伯さまに太刀打ちできないのは、恐らく辺境伯さまの強靭な武人の迫力もあるのだろう。それでも口は減らないのか見栄を張る。辺境伯さまよりも偉いって……確かに身分上はそうかもしれないが、国の要所を守る陛下の直臣にとっていい態度じゃないわよ。
さすがに王妃は……辺境伯領との国境を抱える隣国の出身だからか、クリスティナよりは状況が分かっているようで、一気に静かになった。
贅沢を貪り好き勝手しているとはいえ、辺境伯さまを敵に回すのはばつが悪いと分かっているのだろう。下手すれば祖国から苦情が来る。
うちの国と国境を抱えるとは言え、辺境伯領を敵に回せば両国の貿易に影響が出るし、隣国側が海の魔物に苛まれた際に協力してもらえなくなる。
たとえ王妃がうちの国に嫁いだことを、両国の友好のためだと認めたとしても、王妃のためにそれらを全て捨て、王妃を庇うことなどあり得ない。
隣国も恐らくは、王妃よりも辺境伯さまの怒りを買わないよう取り計らう。
――――例えば王妃を見放す……と言ったことね。既に王妃はこの国に戸籍を移しているが、隣国で王族だったと言う記録は残っている。そこから除籍と言う処理をすれば、王妃は隣国から嫁いだとはいえ隣国の王家から嫁いだとは見なされなくなる。
祖国から見放されれば、元々他国から嫁いだ王妃に味方するものはいなくなる。
みな、我が儘放題な王妃につくよりは、将来国を継ぐ王太子妃殿下となるお方につくだろう。何せそちらはこの国の歴史ある公爵家の出身である。どちらについたら得策か……この王妃とクリスティナの横暴を知る貴族たちが選ぶ選択肢は……決まっている。
しかし……問題はクリスティナだろう。クリスティナは王妃の娘ではあれどこの国の王女。隣国もおいそれと文句は言えまい。
隣国が苦情を言ったとしても王妃だが……王妃もクリスティナの癇癪を止められないのだろう。
私に喧嘩を売るときは尊大な態度で、あんなに強気で来ても、今はクリスティナの癇癪が辺境伯さまに向いたことでおどおどとするだけだ。
それに王妃だけで言えば辺境伯さまが庇ってくださるようになってから、私が辺境伯さまといる時に攻撃してくることは少なくなった。裏ではこそこそとクリスティナの後ろ楯として手を回していたらしいが……。
今回は私がアイスクォーツ公爵に嫁ぐように画策し、辺境伯さまに嫁ぐ話ががなくなった。
その事に味をしめて、堂々と私を攻撃できると出てきたのかもしれないが、相変わらず辺境伯さまが私の味方であったことに動揺しているようだ。
しかしそれでも堂々と攻撃をやめないのはクリスティナである。
「もう何もかもが計画通りにいかないわ!だいたい、シェリカを殺したはずなのに、何で生きてるのよ!」
いやちょ……っ。既にもうめちゃくちゃなのだけど!?遂に自白とか……いや、分かってはいたけれど。でもここにはアイスクォーツ公爵とエステレラ辺境伯がいるのだ。いくら王妃が庇ったり有耶無耶にしたりしたとて、公爵と辺境伯の証言をないものにはできない。
「全部シェリカのせいよ!シェリカがいるから上手くいかないのよ!アンタなんて、吹雪の中での垂れ死ねばよかったのよ!」
いや、いくらなんでもそんなことを軽々しく言うなんて……っ。
「いい加減にしろ」
その時、隣からいつもよりずっと重々しい声が響く。
「……レクス?」
思わずレクスに手を伸ばそうとしたのだが、レクスはそのままクリスティナの元へと歩いていく。
「な……何なのよ、あんた……っ!この前もわたくしに不敬な真似を……っ」
さすがのクリスティナも異常を察知したのか後ずさる。
そして喉をひゅっと鳴らす。それもそうだ。彼女の喉ものには黒い剣の切っ先が突き立てられていたのだから。
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