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謁見
――――王太子殿下の案内で、私たちは謁見の間に向かう。
思えば辺境伯さまとの婚約が結ばれた時にも来たわね。
――――緊張……する。実の父親とは言え、そこまで父娘としての交流があったわけではないし。
むしろ……私はあの方を陛下としてしか知らないかもね……。
私が緊張しているのを悟ってか、辺境伯さまが優しく声をかけてくださる。
「ご安心を、何かあればフォローいたします」
「ユリウスさま」
いつも私を気遣ってくださる優しい微笑みは、変わらない。
「シェリカさまの生き伸びていらっしゃる姿を、国王陛下にも早くお見せしたいものです。きっと陛下も、シェリカさまの元気なお姿を心待にしておられるでしょう」
「……そう、ですね」
陛下が私の姿を見たいかは……分からないけれど。何せ、あの方はろくに会いに来ない。いや、国王なのだから、忙しいはずだ。側妃の子である私にいちいちかまけている暇などないだろうけど。
――――でも、寂しくはあった。
だけど王女と国王だもの。一般的な家庭の父娘関係とも違うのだと、心に蓋をしてきた。
まともに話したことも、辺境伯さまとの婚約が結ばれた席で、婚約を命じられて返事をしたくらいだ。
「シェリカさま、私がついております。どうかリラックスされてください」
また、あの時のようなことを……。
しかしその時。
「俺もついてるんだから平気だ、シェリカ」
そう言うと、レクスがぱしゅりと手を握ってきて、一瞬ドキッとする。
「あの……っ、レクス!?」
レクスと目が合い、トクンと心臓の音が高鳴る。
「ふふっ」
しかしその時、目の前から苦笑が聞こえてくる。
「ユリウスさま……っ!?」
しかもその後ろで副団長さんまで失笑してるんだが。こうしてみると……やはり兄弟で似てらっしゃるんだから。
でもどうしてか、私も少し、緊張で強ばっていた身体が軽くなったかもしれない。
「……謁見の間だ、静粛に」
そして前方から届いた王太子殿下の言葉にハッとする。
これから陛下に謁見するのだから、気を引き締めないと。レクスもついていてくれているし、それに経験豊富な辺境伯さまもいらっしゃるのだから。
※※※
――――謁見の間。
扉が開かれ、足を踏み入れれば、自ずと空気がピシリと張りつめる。
重々しい空気の中、謁見の間の奥の玉座に腰掛けるのは陛下である。
陛下の前でおのおの跪き臣下の礼を取る。
「顔をあげなさい」
そして陛下は私たちに頭をあげるよう指示する。
陛下にお会いするのは、久々だ。本当ならば辺境伯さまに嫁ぐため、出立する前に挨拶をするはずだった。
しかしクリスティナたちの策略により、私は馬車に乗せられ北部へと運ばれてしまったのだ。
そしてようやっと王宮に戻ってきても、久々に顔を見た陛下は……。本当に、食えない顔をしている。この方は一体何を考えているのか……本当に底が見えない。
「さて、よくぞ無事に戻った。シェリカ」
「はい、陛下」
生きて戻った娘に、とりわけこれと言った感動はない。かける言葉すらこの程度だ。
何か企んでいるのか、どこまで見据えていたのか、いざ知らず。
しかしこの水面下のような静けさは……闇色の誰かに似ているけども……それは似て非なるものだろう。
「此度の件を仕組んだ王妃とクリスティナは、王族の籍から除き、離宮に生涯幽閉することとする。さすがに今回のことばかりは隣国からも文句は出まい」
2人が今まで散々好き勝手できたのは、隣国との関係があったせいだ。
そしてその均衡が崩れれば……辺境伯領が抱える国境が荒れる。たとえ辺境伯さまや辺境伯家の騎士たちの戦力が優秀でも、荒れればいいことなどひとつもない。
しかし王妃とその娘が政略結婚が嫌だという理由でほかの王女を身代わりで殺そうとしたなどとあっては……さすがに隣国も文句は言えまい。
だけどクリスティナが北部に嫁げば自ずとクリスティナは処刑対象になるだろう。
そうなれば王妃が何をするか分からない。祖国である隣国に何を吹き込むか……。
陛下の策略どおりにすれば、罰を受けるのはクリスティナだけで、王妃が野放しになる。さらには隣国との戦争の危機である。
陛下は一体、どこまで読んでいたの……?
一歩間違えれば私だって死んでもおかしくはなかった。
このひとは娘も、妻も犠牲にする方法をとり……一体何を望んでいたのだ……。
王族への殺人未遂に、それからアイスクォーツ公爵がクリスティナを北部の要塞に危険を及ぼすと見なした。
隣国にしたって……うちの国の北部が陥落したら自ずと被害を受けるはずだ。多くの国民……隣国の国民すら脅かす事態を引き起こした。
そんな事態を引き起こさんとする王妃とその娘を、せめて国に返してくれとは言わないであろう。むしろ隣国からもいらないと匙を投げられそうだ。今度は隣国でも何をやらかすか分からないから。
だから陛下の言葉が何を示すのか……。決まっているだろう。
「さて、次に。シェリカ」
「……はい」
もう次の話題に移るのか。本当に……人の情など……いや、王としての顔の前では必要ないものなのだろうか。
本心はどうなのか……分からない。
「全ては王妃とクリスティナが勝手にやったことで、王命を塗り替えたわけではない。そしてシェリカが生きているのならば、元通りエステレラ辺境伯との婚約が生きていることになる」
「……っ!」
そう……よね。分かりきっていたことだ。私は王家の娘として生まれた。妾子であろうと、王宮で不当な立場に置かれようと、市井から見れば私は王女であり、国のために責務を果たす必要が出てくる。
国が……陛下がそうせよと命じるのなら、私は元通り辺境伯さまと結婚することになる。
でもどこか胸が締め付けられるような気がするのは……何故だろうか。
辺境伯さまに嫁ぐ日をずっと心待ちにしていたはずなのに。
――――しかし、その時だった。
「そんなこと知るか!」
ちょ……っ、レクス!?陛下になんて口の聞き方を……っ!しかも許しもないのに立ち上がるとか、怒られるわよ!?いや、怒られるだけならまだましだけど、それによって処罰を受けたらシャレにならない!相手は陛下……。たとえ実の娘の陳情だって聞いてくれるかどうか分からないんだから!
「一度寄越しておいてそれはないだろうが!」
んもぅ……レクスったら……!どうしよう……止める……べきだろうか。しかしその時だった。
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