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不意に身体を支える腕が外れたと思えば、紅い花が眼前を駆けた。
腕に、魔物が食い付いて……っ!?
「……っ」
しかし瞬時に彼は闇色の剣で魔物の眉間を突き破った。
「……ひっ」
喉を鳴らすように漏れ出た悲鳴、ドサリと崩れ落ちる魔物。再び彼の腕が私を抱えるが……。
「怪我を……っ」
「これくらいどうでもいい」
どうでも……って……。
しかしその時、多数のボスンボスンと金属が雪を掻く音が響いてくる。
あれは……?
馬の脚に付けられた……金属の鎧。青年も刃を鞘におさめた以上……味方なのだろう。
そしてやがて、その上の人影も露になる。騎士の格好をした集団だ。その胸元には、アイスクォーツ公爵家の紋章。彼らは……アイスクォーツ公爵家の、騎士団だ。
「隊長、あちらはもぬけの殻ですね」
真っ先にこちらへ近付いてきた金髪の女性騎士がそう告げる。あちら……?
「それにしては馬車に対し軍馬が一頭しかいなく、妙ですが。でも生きてはいたので捕獲、このまま連れて帰りますか?」
「そうしろ。魔物に餌なんざやる義理はない」
馬車って私の乗ってきた馬車だろうか……?しかし軍馬は2頭は最低でもいたのでは……?さすがに一頭で北部を行き来するのは自殺行為だ。それにあの御者は……どこへ……?
「でも、妙だね、あの馬車。家名を示す紋は何もない。馬車は魔物の襲撃か、破壊されていたけれど、ひとが襲われた跡はその中にはなかった」
続いて、隊長と呼ばれた青年よりも少し大人びた男が告げる。スイートブラウンの髪なのに……一房だけ、プラチナブロンドである。あのプラチナブロンド……どこかで……いや気のせいだろうか……。
やはり私の乗ってきた馬車のことよね。ひどく質素だったもの。家紋も何もなくても納得できる。身代わりとして秘密裏に放つために、その馬車を用意したのだろうか……。そしてあの馬車は……私を下ろした後、御者と軍馬が一頭消えてもぬけの殻……。
もしあそこで下ろされていなければ私も……?しかし、結局は雪原で魔物に襲われそうになり、隊長さん……に、助けられた。
「……んで隊長、その子は?」
女性騎士が問う。
「保護した。それ以外は知らん」
「全くあなたは……。でも、よく生き延びたね。凍えているようだから、お嬢さんは私の馬においで。ほら、隊長」
「……あぁ」
隊長さんが怪我をしていない腕で私の腰を抱き上げれば、女性騎士がさっと自分の前に乗せてくれる。
「私はアセナ。炎魔法使えるから、徐々に温かくなるよ」
女性騎士……アセナさんの言う通り、身体がほんのりと熱を帯びるのが分かった。
……温かい……。
「それから隊長は腕……また酷いことになってるんだけど……?」
そう言えば……先ほど私を庇って怪我をっ!
「いい。こんなのどうにでもなる」
そんなことは……っ。極寒の中だと言うのに、凍ることもなく、流れ落ちている。
「あの……私の……ポケットに……っ」
「え?」
ポケットの中を確認すれば……あった。そっとポーションを差し出せば。
「これ……なかなかいいポーションだね……。旦那がこの手のものには詳しいから、よく分かるよ。お嬢さんが持っていた理由は別として……ほら、隊長。せっかくの厚意なんだからかけろ」
た、隊長さんなのよね……?それにしてはぞんざいな……。
「ふん……俺ぁポーションなんていらない。こんなもん唾つけときゃ治る!」
いやいや、そんな傷じゃないし!
気合いでどうにかなるわけもないでしょうがっ!
「ダメです!悪化したら大変なんですから!」
「……っ」
隊長さんはムッとしながらも私を見つめると、諦めたように息を吐き……あ、受け取ってくれた……!
そして折れた隊長がポーションをかけると傷が瞬く間に治っていく。
「……想像以上だな」
それって……褒めてくれたと思っていいのだろうか……?
「他にもあるので、よければ他の団員さんも治療させてください!」
「いや、だが……」
「いいねぇ。ポーションは不足するから助かるよ」
「おい、アセナ……」
「いいじゃん、いいじゃん。ルカに見せたらいいって言うと思うよ」
ルカさんとは……?
「ルカがそう言ったらな」
隊長さんが渋々頷く。
そうして本隊に辿り着けば、アセナさんが早速ルカさんを呼んでくれる。
完全な武装ではないものの、所々に防具をつけているアッシュグリーンの髪と瞳の青年だ。
「ルカ!ただいま。実は朗報があるんだ」
「それは……そちらのお嬢さんが関係あるので?」
「そうそ。そう言えば、まだ名前、聞いてなかったね」
「しぇ……シェリカです!」
隊長さんのマントとアセナさんの魔法のお陰で、だいぶ身体の体温が戻ってきて、唇も難なく動かせるようになった。
あ……でも本名は不味かっただろうか……?だけど他に名乗る名前なんてないのよね……。
「それでこの子、ポーションを持ってるんだ。できれば手伝いたいって名乗り出てくれてね。どうだろう?因みに隊長は素直に使ったよ」
「ほう?それはそれで珍しいですねぇ」
それって隊長さんがポーションを使うことがってことだろうか……?いや、でもさすがに普段からあんな怪我をしている訳じゃないわよね?
「ルカ、シェリカちゃんのポーション、見てあげてよ」
「もちろんですよ」
ルカさんが笑顔で頷いてくれる。
私も持ってきたポーションをルカさんに見せれば、ルカさんがそれらをチェックしてくれる。
「おや……とってもいいポーションじゃないですか。こちらは治療薬も少ないですからねぇ。ご協力いただけるなら喜んでお願いします」
「いえ、私の方こそ助けていただいたので……!」
ぺこりとルカさんにおじぎを返し、アセナさんに負傷者のところに案内してもらう。そして負傷した団員さんたちに配れば、とても感謝してもらえた。やった……。私も役に立てるんだ。
そうして治療を終えれば、ふと隊長さんと目があったのだが、視線をそらされてしまった。
「さて、みんな元気になったことだし……街まで帰るよ」
アセナさんがにこりと微笑む。
「こっから少し飛ばすけど、面倒な魔物は隊長たちが蹴散らすから、安心していい」
「そうだねぇ。任して~~」
「副団長はもう少し緊張感持ってくださいよ!」
先ほどの大人びた男性は……副団長さん……?副団長さんと隊長さん……。
よく分からないが、なんとなく隊長さんがこの場を仕切っている気がする。これはこれで、北部ならではの事情があるのだろうか。
「ほら、出発すんぞ。日が暮れたら面倒だ」
言われてみれば……日が暮れたら魔物との戦闘も不利になるもの。そして隊が出発する中、落ちないように必死で目を開けていようと思ったのだが……なかなか耐えられなくて。
辺境伯さまとの縁談が破談になった上に、身代わりで突然北部にだなんて……。しかし、それならばせめて、公爵さまにお会いしなくちゃいけないのに……。
私の意識はそこで……途切れた。
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