言わぬが花

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 それ以降、成宮さんは毎日のように私のいる空き教室へとやってきた。  いろいろな場所を転々としていた私だが、成宮さんが来るようになってからは一箇所に固定するようにした。思惑どおり、成宮さんが来るようになったことでいじめっ子たちは空き部屋に来ることがなくなったからだ。それに下手に移動すると、今度は成宮さんが来れなくなってしまう。 「観月。昨日はメッセージありがとうね。おかげで忘れずに済んだよ」  毎日のように一緒にいるからかいつしか成宮さんは私を下の名前で呼ぶようになった。だから私も自ずと成宮さんのことを優香と呼ぶようになった。 「私が連絡するまでは?」 「もちろん忘れてました」  優香はそう言って、ぶりっ子のように「てへっ」と舌を出して笑って見せた。  学校での彼女は見た目どおり『天然』だった。よく宿題や提出物を忘れて先生に謝罪している。常習犯なのか、先生は呆れてモノも言えない様子で怒ることはない。 「ま、そういう私も優香から返信もらうまで気づかなかったんだけど」 「えっ! じゃあ、どうやってメッセージを送ったの! もしかしてマジック?」 「違う違う。チャットに『予約送信機能』があるからそれを使ったの」  私はポケットにしまっていたスマホを取り出し、優香とのチャット画面を開いた。適当なメッセージを打って送信ボタンを長押しすると、予約送信時間設定という画面が出てきた。そこで優香へと画面を見せる。 「へえー、こんな機能があるんだ。良いこと聞いちゃった。これ、時間設定はいつでもできるんだね」 「そっ。小学校の頃に、それを利用して自分だけのチャット部屋で、十年後の自分に宛てたメッセージを書くみたいなことをしたんだ」 「最先端! もう紙で書く時代も終わったんだね。なら、これも書かなくていいのでは?」  優香は自分の座る机に置かれた『進路希望調査』の紙に視線を向けた。紙には名前だけが記入されている。 「そんなわけないでしょ。ちゃんと書かないとまた謝ることになるよ」 「ちぇ〜、観月はなんて書いたの?」 「私は普通に今の成績で入れる高校を書いただけ。みんなそんなもんじゃない? 流石に中学卒業で就職は早いし」 「美術学校には行かないの?」 「高校のうちは普通科かな。大学になったら考えるよ」 「今の将来の夢は!?」  優香はインタビュアーになったように仮想のマイクを手で握って、私の口元に向ける。 「……一応、イラストレーター」 「なら、美術学校に行けばいいのに。早めに行ったほうが早く上手くなれると思うよ。子供の頃の成長って早いって言うし」 「まあ、絵なんてどこでも描けるから。それに、もしイラストレーターになれなかった時のために保険はかけておきたいから」 「現実的だね〜」 「そう言う優香は将来何になりたいの?」 「私は……普通に高校・大学行って、好きな人と結婚して、良いお嫁さんになるかな」 「そっちのほうが現実的でしょ……」 「てへへ」  優香はまたぶりっ子のように舌を出して戯けてみせた。  彼女の笑みにつられるように私も笑みを溢す。今までこんな感じで雑談ができる友達はいなかったので、二人でいるこの教室の空気感は結構好きだった。
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