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37 "君の色"
ローザさんたちとの、最後の別れを惜しんで。
私は、クロさんと共に、馬車へ乗り込んだ。
ベラムーンの街から一直線に伸びる街道。
この先には、あのロガンス帝国がある。
ルイス隊長やみんなが住まう、あの国が。
「それじゃあ、行ってきます。みんな、どうかお元気で!」
窓から身を乗り出し、ローザさんたちに手を振る。
同時に御者が鞭をしならせ、馬車が動き出した。
私とローザさんたちは、姿が見えなくなるまで手を振り続けた。
互いの姿が豆粒よりも、砂粒よりも小さくなっても、ずっとずっと、手を振り続けた──
「……見えなくなっちゃった」
「いつでも会いに来れるよ。戦争は終わったんだからね」
「……そうですね」
ガタゴトと揺れる馬車の中。
ローザさんたちに手を振り終え、私はクロさんの隣に座る。
そして……流れていく景色を眺め、この半年間の出来事に思いを巡らせた。
……あの街で、死ぬはずだった。
自分のものとも他人のものともわからぬ、真っ赤な血に染まったまま。
だけど、ルイス隊長に救われた。
あの隊のみんなに、心まであたためてもらった。
ヴァネッサさんやローザさんのいるあの店に預けられてからは、楽しいことも困ったことも、なんでも分かち合える家族ができて……
……そして。
クロさんに、出逢った。
最初は、本当にただの『嫌な奴』だった。
なのに、いつの間にか、『好きな人』になっていた。
意地悪で、わがままで、強引で……
だけど、笑顔がすごく可愛い人。
私の全てを……奪った人。
そんな王子様が、迎えに来た。
馬車に乗って、月夜の晩に。
なんだか、おとぎ話のようだ。
私は、お姫さまでもなんでもないけれど……
でもきっと、本物のお姫さまより。
今の私の方が、幸せだ。
ふと、夜空を見上げる。
今夜は満月。優しく包み込むような光が、ベラムーンの街を白く照らしていた。
その光を見つめ、私は……思い出す。
『──この世界にはたくさんの色があるけれど、
中でも不思議な色があるの。
一つは青。一つは緑。
そしてもう一つは……
フェレンティーナ。あなたの、赤い色。
その三つが重なると、どうなると思う?
明るく輝く、光になるの。
だからね、フェレンティーナ。
あなたの赤い色はとっても大事で、
とってもすてきな色なのよ。
だからもう、泣かないで──』
……ねぇ、母さん。
私、赤い色が嫌いだった。
自分の髪や瞳の色が、大嫌いだった。
赤は、辛くて残酷な現実ばかりを映す色だったから。
でも……でもね。
こんな赤色を、『生きている色』だと……
『好きだ』と言ってくれる人に、出会えた。
だから、今は……
私も、自分の色が好き。
これから先、どんな未来が待っているかはわからない。
今まで以上に辛いことや、悲しいことがあるかもしれない。
けど、きっと大丈夫。
この人と一緒なら、大丈夫。
だって、こんな私でも……
誰かを照らす『光』になれるかもって、今なら思えるから。
「……行ってきます、母さん」
ガタゴト揺れる、車輪の音に紛れるように。
私は、生まれ故郷であるイストラーダ王国の夜空に、小さく呟いた。
……それから。
私は居住まいを正し、隣に座るクロさんへ、こう投げかけた。
「ところで……ロガンスへ行くと言っても、具体的にはどこへ向かうのですか? 私の住むところだって、これから探さなきゃいけないでしょうし……」
とりあえず、家が決まるまではどこかの宿に泊まるしかないのだろうか?
それとも……クロさんのお家に居候させてもらえたり?
なんて、少しドキドキしながら答えを待っていると……
クロさんは、頭の後ろに手を組んで、一言。
「今向かっているのは、ロガンス城だよ」
「……は?」
「だから、お城だよ、王城。前に見せたでしょ? あそこ、僕の仕事場兼住居なの。僕ってば国お抱えの研究者だからね。言ってなかったっけ?」
「き、聞いてないですよ!」
「ということで、今日からあの城が君の家だよ」
「へっ?!」
「当たり前でしょ? 君には一生、側にいてもらうんだから。一緒に住まないと……ね?」
言って、有無を言わせぬ圧のこもった笑みで、私を見つめる。
まさか、あのお城に住むことになるなんて……いよいよおとぎ話じみてきた。
……これ、夢だったりしないよね?
と、無言で頬をつねる私を見て、
「……目を覚ましたいのなら、いくらでも起こしてあげるよ? 王子様のキスで」
顔を覗き込み、悪戯な笑顔を向けてくる。
何度見てもドキドキしてしまう……ずるい笑顔だ。
相変わらず翻弄されまくりな自分が悔しくて、私も負けじと反撃する。
「そんなこと言って……実はクロさんがキスしたいだけなんじゃないですか?」
しかし……
反撃は、失敗に終わった。
何故なら、
「……そうだよ」
そう言って……
手を掴まれ、ぐっと顔を覗き込まれたから。
彼の妖艶な笑みが月明かりに照らされ、一層妖しげに映る。
「言っとくけど、君が思っている百倍は……僕も、君に会いたかったよ」
「…………っ」
「だって……可愛い可愛い僕の恋人を、早くいじめたくて堪らなかったからね」
「なっ……?!」
「さぁ……覚悟はいい?」
「え……ちょっ……!!」
「夢の方がマシだったって思えるくらいの意地悪で、君をトロットロにしてあげるから……楽しみにしていてね?」
「………………」
そのまま、キスと共に、静かに押し倒され……
私は、その甘い感覚に、身を委ねた──
「……言い忘れてた」
「…………なにを……?」
「……僕は、赤い色が好き。
…………"君の色"だからだよ」
-完ー
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