34 抗えない命令

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34 抗えない命令

「……それと、もう一つ。君に伝えなくちゃいけないことがある」  クロさんは、少しだけ声音を変え、こう続けた。 「実は、この馬鹿げた戦争も、もう間も無く終わる。君の国が、降伏宣言を出した」 「え………」  この国が……イストラーダ王国が、降伏した。  やっと、やっと……この戦争が、終わるのだ。 「そうなると僕も、いよいよ国に帰らなくちゃいけなくなるでしょ? だから、今日のデートで君を僕のものにするって決めていた。ルイスには事前に、あの森まで迎えに来るよう頼んでいた。それでルイスも隊の連中も、こぞってあの森まで来ていたんだけど……それを察知した敵さんが、慌てて君を連れ去ろうと仕掛けてきた、ってわけ」  そうか……  フォルタニカにマークされた私を無事にロガンスへ連れて行くため、わざわざ隊長たちが迎えに来てくれたのだ。  つまり、私さえいなければ、隊長たちはあんな目には……  ……と、自分を責め始めた矢先、クロさんが続けて、 「だから……やつらと戦闘になってしまったのも、ルイスたちを危険に晒してしまったのも、ぜーんぶ僕のせい。僕のわがままのせいだから」  微笑みながら、言った。  その言葉に、私の胸がぎゅっと締め付けられる。  これまで決して「僕のせい」なんて言うはずがなかったクロさんが……  何もかも自分のせいだと思っている私を、罪悪感から救うために、こんなことを言ってくれた。  その事実が、切なくて、嬉しくて……泣きそうになる。    ……が、しかし。 「でも、よく考えたら、僕がこんなにわがままになったのは君のせいだよね」 「……へっ?」  って、やっぱり私のせいにするんか!  ……と、声を上げるより早く。   ──トサッ。  視界が、宙に返った。  彼に……押し倒されたのだ。  そのまま、無防備に投げ出された手首を、きゅっと掴まれる。 「……どうしてくれんの?」 「な、ななな、なにがでしょう……?!」 「僕をこんな風にした落とし前……どうつけてくれるの?」  お、落とし前って……  彼は、私の唇に人差し指をそっと押し当てる。  そして、ニヤリと、いやらしく笑って、 「……ふふ。しちゃったね、キス。もう二回も」 「…………っ!」  そして、私の耳に、唇を近付け…… 「次は…………ナニをしようか?」  甘く、甘く……囁いた。  は……は…………  はわわわわむりむりむりむり!!  持たない! 心臓が持たない!!!  ドキドキが限界に達し、私はその囁きから逃げるように顔を背ける。  しかし、未だ手首を掴まれたままで、逃げ出すことが叶わない。  すると、 「恥ずかしい? それとも……僕に触れられるのは、嫌?」  ……と。  手首を押さえる力を緩めながら、クロさんが低い声で尋ねる。  その声に違和感を覚え、恐る恐る彼の方を見ると……  彼は、どこか余裕のない、寂しげな表情で、私を見つめていた。 「……ズルイですよ」  その表情に、切なさを覚えた私は……   「そんな顔で見つめられたら…………何されてもいいって、思っちゃうじゃないですか」  彼の頬にそっと触れながら、そう囁いた。  言って、すぐに「しまった」と思った。  何故なら、私の言葉を聞くなり、クロさんは…… 「……言ったね?」  と、嬉しそうに口の端を吊り上げて…… 「うわわ……っ!」  私を抱き寄せ、ベッドの上をゴロンと転がり……  私の身体を、自分の上に乗っけた。  つまり……私が、クロさんの身体に跨がっているような体勢だ。 「ち、ちょっと……!」 「何してもいいって言うならさぁ」  戸惑う私の言葉を遮り、クロさんは眼鏡を外しながら、 「次は…………君から、キスしてみてよ」  ……そう、挑発するように言った。  思いがけない要望に、私の全身が一気に熱くなる。 「なっ……そ、そんなの……!」 「あぁ、子供みたいなキスじゃダメだよ? ちゃんと……気持ちのいい、大人のキスね」  そして。  私の唇を、つぅ……っと指でなぞりながら、 「初めての時、教えたんだから……やり方は、知っているでしょう?」  ……と。  眼鏡のない、裸の瞳で命じた。  その言葉に、私は……身体中で思い出す。  蜂蜜の海で溺れるような、甘くとろける、濃厚なキスを。  あの甘美な時間を、もう一度味わえるのなら……  私は……私は………… 「…………」  もう、何も考えられなかった。  気付けば私は、その命令に突き動かされるように……  彼の唇に、自分のを重ねようと……  顔を、ゆっくりと近付けて………………  …………というタイミングで。 「──あー……いちおう声はかけたんだが……悪い、取り込み中だったか」  ……横から、別の声が聞こえる。  知っている声。  よーく、知っている声だ。  ギギギギ、と首を回し、恐る恐るそちらを見ると……  案の定、テントの入口に佇む、ルイス隊長の姿があった。  …………ぎ、 「ぎゃあぁぁあああああああっ!!」  恥ずかしさのあまり、私は人生で一番の絶叫を上げた……
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