第4章 スクープ

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第4章 スクープ

 レガシーオート本社の社長室。田中勝利は、早朝から幹部会を緊急招集して檄を飛ばした。機密情報を盗み出した主犯格の一人が警察に出頭したと総務部長の芹沢和則から連絡があったからだ。  芹沢は「掃除屋の作戦ミスです。申し訳ありません」と何度も謝罪したが、田中には芹沢の失策を責める資格はなかった。そもそも今回の騒動の原因は、パソコンに重要ファイルを残しておいた田中自身の脇の甘さにある。しかも、不正車検の証拠を持ち出して敵方に渡したのは息子の勲だったのだ。動機はいまだに分からない。勲は、己の軽率な行動を父親にののしられてからスマホの電源を切っている。大方、芸能事務所「スペーシブ」に籠城しているのだろう。  今のところ、誘拐事件とレガシーオートを結びつける報道はない。だが、いずれ不正車検のファイルはマスコミにリークされる。そのときに備えて社員を総動員し、打てる手をすべて打つほかない。顧客対応は総務部と法務部、営業部の連中が手分けして進めている。訴訟になりそうな案件は全て和解に持ち込む。カネに糸目はつけない。警察の手に渡ってはまずい書類やデータも既に処分した。 「相手は山根慎吾だ……ただの嫌がらせで終わるはずはない。狙いは、おそらく会社の乗っ取り。不正を暴いて私と勲を追い落とし、自らが返り咲く魂胆か……。となると、裏でつながっているのはメインバンクか、それとも他に……」  田中は、山根を鮮明に覚えている。有能で野心家。中古車の輸出拡大を何度も田中に進言してきた。田中にとっては国内事業が最も重要な領域だ。貧しい整備工から国内トップの中古車販売会社にのし上がることができたのは、国内事業のおかげであり、それは田中の誇りでもある。その事業を山根は「先がない」と切り捨てた。 「社長、ロシアへの輸出拡大に取り組むべきです」 「そんなことをしたら、国内で売るものがなくなるじゃないか。中古車販売で国内トップを維持することこそが肝要だ。そのステータスが政治力や発言力の向上につながり、グループを大きくするのだ。だいたい、なぜロシアなんだ。国内で売れない車は今までどおり捨て値でアフリカに出せばいいじゃないか」
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