第4章 スクープ

3/71
19人が本棚に入れています
本棚に追加
/210ページ
「もういい! いま優先するべきは中京圏のてこ入れだ。大手自動車系列の牙城をなんとしても崩せ」  田中は、山根に事業計画を叩きつけて社長室から追い払った。あの時、山根が見せた目を田中は今でもはっきりと覚えている。才に覚えのある者が、己よりも劣っていると信じる相手に否定されたときに見せる冷たい目だった。  ああいう目をする者を幹部として置いておけば、いずれ寝首を書かれることになると田中は経験から知っている。側近と信じていた人間に何度も裏切られてきたからだ。  弱肉強食の世界で最後に頼れるのは身内だけだ。気の優しい勲など山根にかかればひとたまりもないだろう。だから田中は山根を切った。露骨な左遷人事でグループ会社に飛ばし、輸出事業から切り離した。山根はほどなくして会社を去った。それなりの退職金を積んだが、山根は納得しなかった。成仏できずに今回の復讐劇に走ったのだろう……。  田中はメインバンクの頭取秘書のスマホを鳴らしてランチミーティングをねじ込んだ。山根と結託していそうな相手を封じるのは本来、芹沢の仕事だが、メインバンクの頭取となると社長が出て行くほかない。「山根ごときに負けるわけにはいかない……」。残るリスクは息子だ。ファイルを持ち出した理由をきっちり説明してもらう必要がある。今回ばかりは看過できない。田中は懲りずに息子のスマホを鳴らし続けた。
/210ページ

最初のコメントを投稿しよう!