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渡せなかった。一日中、いっしょにいたのに。
幼なじみの男同士は、バレンタインにチョコのやりとりなんてしないんだよ。一日中、かばんの中にそれはあった。
「ユウ…今日、なんかあった?」
「特になにも」
「よかった」
…誰からももらってない、のかな。
でも明日以降かもしれない。改札を出たら、今にも待ち伏せた誰かが飛び出てくるかもしれない。俺は周囲をきょろきょろしながら歩いた。挙動不審だ。ひとりでも来てほしくはない。
「なにが?」
「ううん、いい」
ユウはゼリー飲料のパウチパックを、親の仇かというくらい薄っぺらににぎり潰しながら飲み干す。ばかぢから、と思う。俺の気持ちなんか知らないで。
家まで住宅地の中を歩く。
となり同士。いつもユウは俺が自分ちの玄関に入るまで見届ける。でも今日はユウの家の前で、不自然にそして唐突に立ち止まる。
「アキ?」
どきっとした。
肩に掛けていたフェイクレザーの学生かばんが、急に重たく感じる。それを胸に抱えて手を突っ込む。教科書やノートにペンケース、タオル、チェーンが切れてそのままになっているコアラのマスコット。そのいちばん奥の、ひしゃげた小さな紙の箱をつかむ。てのひらから、少しだけはみ出る程度のおおきさ。
それを確認もしないで、ユウの胸に押しつける。顔は、見れない。
何秒か空いて、ユウのごつい指の気配。俺はさっと自分の手をひっこめる。
「…捨てていいから!」
振り向けない。門を開けて家に逃げ込んだ。
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