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そのあと、俺は何事もなかったように反抗期の息子の顔をしながらいつもどおり夕食をとった。そしていつもどおり部屋に戻った。
「アキ」
窓ガラス越しに、くぐもった声。
どきっとさせられる。ユウだ。
真冬だからカーテンは閉ざされている。そのすきまから片目だけのぞかせて、となりの水谷家のベランダを見る。ユウが手すりから乗り出している。
「そっち行く」
「こ…来なくていいっ…」
ユウは俺の返事を無視して、手すりを乗り越えて張り出した屋根を伝って来る。客観的にみるとずいぶんと危なっかしいことをしていると思う。でもそれが俺たちのやり方。もう十年以上そうしてやってきた。
ユウが部屋に入るのと同時に、俺はカーテンにぐるぐる体を巻きつけて隠れた。窓に向かって座って、部屋の中のユウには背を向ける。
「き…きもち悪いだろ…男からバレンタインのチョコなんて…」
S女のバレー部とは、校舎の距離が近いということもあって年に数回他校もふくめて合同練習をしたりするらしい。差し入れに義理チョコを配られたりだってしそうだ。
でも、義理だろうが駄菓子の十円チョコだろうが、受け取ってほしくない。ユウの中に、チョコレートたった一粒分でもスペースがもしあるとしたら、そこを俺で埋めたかった。つまり子どもじみた独占欲だ。
「手作りだろ、これ」
ユウは壁際の俺のベッドに腰を下ろす。持って来てんのかよ。
「…お母さんがほとんど作った。俺がやったのは、混ぜて丸めただけ」
俺に返す、つもりで?
「会社の仲いい人に配るんだって。その余り」
そうだよ、ただの余り物だ。俺はそう思おうとする。
「サンキュな」
今、なんて言った?
カーテンから顔だけ出して振り向く。ユウは片手を後ろについてもう片方の手で水色のドット柄の箱を持って、安定の無表情に見えた。服も、いつもどおりの黒づくめ。
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