勇者と魔王

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「――くっ」  防ぐ間もなく、魔力を伴った冷気が勇者の身体に襲いかかる。この魔法は、肉体に直接的な攻撃を与えるものではなく、抗えない冷気により身体機能を低下させるもの。直撃を食らった勇者の動きは著しく鈍くなった。  足に力が入らなくなり、ガクッと膝を落とす勇者。それでも、勇者から攻撃の意思は消えることがなく、それどころかいっそう強い攻撃の意思が魔王へと向けられる。それは後方で待機する勇者パーティーも同様だった。  突如、魔王達に向け無数の矢が降り注ぎ始めた。動きが鈍ってしまった勇者を護るための援護射撃だ。  攻撃の一つ一つは弱々しいもので、当たっても大きなダメージにはならない。だが、矢の数が尋常ではないうえ、絶妙に嫌な感じの場所に打ち込んで来る。これがたった一人の男が繰り出す攻撃なのだから、その射撃速度と技術には目を見張るものがあった。自身に届く矢を軽く払いのけながら、魔王は弓使いの腕に無言で感心していた。  そんな魔王の思いとは裏腹に、後方で待機している側近の一人はこの攻撃を煩わしく思い、苛立ち始めていた。その苛立ちが表面化するのに時間はそうかからなかった。  止めどなく降り注ぐ風切り音の合間を縫い、魔王の耳に届いた詠唱の声。それに気づき、咄嗟に魔王は振り返り制止させようとするが、間に合わなかった。魔王の声と同時に強い魔力の塊が後方から放たれ、魔王の横を通りすぎて行った。
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