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 LINEぐらい聞けばよかった。  一人、真っ暗な部屋に帰りつきながら私はため息をついた。手探りでスイッチを押し、ワンルームの明かりを点ける。ベッドと炬燵、小さなテレビとキャビネットが鎮座して私を迎え入れた。ほろ酔い気分の身体をベッドに投げ、最早癖のようにスマホをいじる。通知は一件だけ。先月のカードの支払い請求額を通知するメールを確認して、再びため息をついた。  あんなに気の合う異性は、人生で初めてだった。会社からただ帰るだけの退屈を紛らわすため、少し勇気を出して居酒屋に入った。一人飲み客は珍しくないとはいえ、周囲の目を気にしてしまう質の私にはハードルの高い行為だった。その勇気の産物か、カウンターの隣の席に彼が座った。  私は面食いではない、あくまで中身を重視する派だ。同い年の二十九歳という彼の外見に惹かれたわけじゃない。話しているとただ気が休まった。好きなアーティストや昔好きだったアニメの話で盛り上がり、職場の愚痴も漏らし合った。メーカーの営業だというのに納得する人懐こさだった。  ごく稀に、初対面の人間と感性がかっちりはまり合うことがある。当然のように同じ感覚を共有し、古くからの知り合いのようにも思う。それを異性で感じたのは、彼が初めてだった。これまで付き合ってきた数少ない恋人よりも近い距離感だった。 「あーもう! 私の馬鹿!」  枕を抱えて嘆く。名前ぐらい聞けばよかった。LINEのIDも最寄りの駅名も知らない。ただ偶然、居酒屋で隣り合わせだっただけの彼。  小動物のようによく動く瞳と、笑った時にのぞく八重歯、グラスを取るしなやかな指。思い出すだけで苦しくて、私は悔しさにベッドマットに突っ伏した。
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