愛渦

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 ほら、また光が遮られました。あなたは見かけによらず、繊細で脆い。頭上を通る「あれ」の正体は、あなたの弱さそのものです。この世界が消えてしまうのも、時間の問題でしょう。  黒くモザイクがかかっているようで、姿形がつかめない。彼女が「あれ」と呼んでいたものが頭上を完全に通り過ぎ、隠れていた光が一気に降り注いできて、俺は目を覚ました。  眩しくて起きたはずが、時刻は午後七時だ。五分ほどうたた寝していただけだが、寝起きの頭はくらくらしている。  ぼーっと天井を眺めていたら、どこからか奇妙な音が聞こえることに気がついた。地響きのような音だ。  俺はフラフラと立ち上がり、音の出所を探索してみた。  どうやら、音は脱衣所の中から聞こえてくるようだ。  扉を開けると、洗濯機が飛び跳ねるようにガタガタと揺れていた。近づいた途端に動きが止まり、音も止んだ。中を確認すると、洗濯物が水と一緒に溜まったままだ。仕事を放棄することなんて今までなかった。何か嫌なことでもあったのだろうか。水の中から衣服を回収した後に、俺は洗濯機に抱きついてみた。慰めたかったからだ。でも、水を口に溜めこんだまま喋ろうとしない。巷では、ドラム式とやらが普及してきたらしい。きっとそのことが気に食わず、拗ねているのだろう。  ずっと構っているわけにもいかないので、晩飯を買いに行くことにした。たまには栄養価のある食事を摂ろうと思い、近所の弁当屋に向かった。プレハブ小屋の小さな店頭に所狭しと並べられた弁当の中から、チキン南蛮弁当を購入する。歩きながら食べてしまおうと思っていたけれど、店の人が割り箸をつけ忘れていたため、家に帰ってから食べることにした。  帰宅してから、箸などもとより家にないことを思い出した。手で食べようとしたが、チキン南蛮が滑って掴むことができない。タレで汚れた手をカーペットで拭った。
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