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石峰総合病院の病室で先生は顔を窓の方に向けてベッドに横になっていた。以前よりやせてやつれたように見える掛布団越しのシルエットに胸が痛む。深呼吸して病室の入口の壁をノックした。
「みどり先生」
先生はすっと視線を窓から僕に移した。ひどく苦しそうな顔に驚きの表情が浮かび、それが懐かしそうに変わる。
「朝比奈くん…。久しぶり」
話したいことはたくさんあったはずなのに、先生の痛みを堪えた顔を見ると何も言えなくなった。何もかもが今更言葉にしても意味がないのだ。すべてが遅すぎた。先生が苦笑する。
「何? その顔。今もあの頃みたいに悩み事?」
「いえ……」
僕が言葉を濁すとみどり先生は辛そうな顔でベッドサイドのキャビネットに手を伸ばし。マグネット式の将棋セットを取り出した。
驚く僕に先生は言った。
「一局やろうよ。話聞くよ」
「でも……お体に障ります」
「生徒の話を聞くのは私の使命だよ」
先生はそう言って駒を並べ始めた。その言葉に過去の記憶が去来して目頭が熱くなる。涙を堪えて僕も駒を並べた。
あの頃と同じように初手で中飛車を指したが、対局中僕は一言も話さなかった。真剣勝負でみどり先生に挑んだ。
序盤から形勢が頻繁に入れ替わる激戦になった。今の状態の先生と将棋を指すこと自体、本来憚られることだろう。けれども、僕は全力で将棋を指さないではいられなかった。
言葉を交わすことも、触れ合うこともなく、僕は先生を抱きしめ、押し倒し、交わろうとした。先生はそんな僕の将棋にその身を委ねてくれた。そして最後の最後で僕を組み伏せた。
「先生、高校時代僕のことどう思っていました?」
「危なかっしい子だと思ってたよ。真っ直ぐで自分のことが見えてないから。いつも心配だった」
「じゃあずいぶん考えてくれてたんですね?」
「あれ、忘れちゃったの? 私が考えるの苦手だって」
僕は苦笑した。その遠く凪いだ目はめちゃくちゃ考えてくれていた人の顔じゃん。先生が小さく笑う。
「死ぬまで朝比奈くんに将棋負けないから」
「……なら簡単に死なないで下さいね」
そして僕は精一杯の笑顔で言った。
「先生、ご結婚おめでとうございます!」
「ありがとう」
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