中飛車の恋

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 高校時代、僕は将棋部に所属していたが、今、思い返しても不思議な部だった。僕を含めた全員が幽霊部員で、気が向いたときに部室に顔を出して顧問の教師と将棋を指すだけ。だから、三年間僕はほとんど他の部員と顔を合わせたことがなかった。  顧問は石野みどりという二十代後半の数学教師だ。飄々とした姉御肌の彼女のことを生徒たちは皆、親しみを込めて「みどり先生」と呼んでいた。他の教師よりも生徒との距離が近い先生だった。  僕は悩み事があると、放課後部室に行って将棋を指しながらみどり先生に相談した。先生はいつも将棋盤を前にぼんやりと頬杖をついて待っていてくれた。  相談と言っても先生がアドバイスをくれるわけじゃない。ただ投げやりな態度で相槌を打っているだけだ。相談相手としてこんなに頼りない人もいないけど、若くてきれいなみどり先生に話を聞いてもらうと、部室を出るときにはちょっと気分がスッとしている。今思うと他の幽霊部員たちも同じ気持ちで時々将棋を指しに来ていたのかもしれない。  高校一年の二学期の初め、僕はみどり先生と将棋を指していた。部室はエアコンがない。シャツの第二ボタンまで外して「あちー」とバタバタ団扇で扇いでいるみどり先生を前にして、僕は目のやり場に困った。他の先生に見られたら絶対怒られるに違いない。  とりあえず初手を指してから悩みを相談する。僕の初手はいつも真っ直ぐ中飛車だ。 「僕、クラスの皆から無視されてるんです。何でこんなことされるんですかね?」  そう尋ねた僕も、「あ、そうなんだ」と気のない返事を返したみどり先生もその理由を知っている。  一学期の終わりに父親の職業をクラスメートから聞かれた僕は「弁護士だった」と答えた。すると、数日後「朝比奈は噓つきだ」と言う者が現れて、それに同調する奴らがあることないこと言い触らしたのだ。そのまま夏休みに入って二学期に登校してみると、僕はクラス中から無視されるようになっていた。  中学のときも同じ理由で僕は無視されていた。高校生になれば、皆も大人になって反応も違うだろうと期待していたけれども、パッケージが変わっただけのリニューアル商品のように、皆の中身は子供のままだった。
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