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「根拠もなく嘘つき呼ばわりするってひどくないですか?」
みどり先生はパチリと角道を開けた。
「そりゃひどいね」
そうして、前髪が跳ねるほど激しく団扇を扇ぐ。窓は全開だけど強い西日が射し込んでいてとにかく熱い。みどり先生の良い香が鼻先をかすめて一瞬ぼぉっとしたけど、すぐに怒りが僕を現実に引き戻す。
「息子の僕が言うんだから本当に決まってるじゃん。それとも、あの世に行って確認したのかっていう話ですよ」
「その通りだな。本当にその通りだ。全くもって……」
そのまま黙り込んだ先生を僕が訝しそうに見ていると、
「ダメだ! 手が疲れる。朝比奈くん、悪いけど私のこと扇いでくれない?」
とみどり先生は団扇を僕に手渡した。
「涼しーい! いいよ。朝比奈くん、団扇のセンスあるよ。いや、ここは扇子のセンスがあると言った方がうまいな」
僕は低い声で尋ねた。
「……先生。話を続けて良いですか?」
「ああ、ゴメンゴメン。それで?」
僕は先生を扇ぎながら盤上の駒を動かし尋ねる。殿様につかえる小姓の気分だ。
「どうしたら良いと思いますか?」
みどり先生は勢いよくバチンと駒を打った。
「そんなの私、わかんないよ」
投げやりな口調で言われて僕は腹を立てて唇を尖らせる。
「生徒の問いに対する答えを教えるのが教師の仕事なんじゃないんですか?」
すると先生はあっけらかんと言った。
「そうなの? 私、教えるの苦手なんだけど」
教師が教えるの苦手って……。予想の斜め上を行く答えに僕が唖然としていると、みどり先生が続ける。
「そういうの知りたかったから馬場先生に相談すると良いよ」
僕は無言のまま歩を進めた。馬場先生は熱血体育教師だ。確かに0.1秒で即答してくれるだろう。でも、それは「正論」であって僕が欲しい「答え」じゃない。
みどり先生が小気味よく駒を打つのを恨めし気に見つめながら僕は肩を落とす。
「どうしたらいいんだろうな……ほんと」
「どうしたらいいんだろうね」
「答え出ないな……」
「そうだねぇ。出ないね」
僕はしばらく考え込んでから、先生の歩を取って飛車をピシっと打った。
「……仕方ない。あきらめるか」
みどり先生がこちらをじっと見つめているのを感じながら、盤上に視線を落としたまま僕は続ける。
「挨拶だけして、後は放っておく。……それで良いですよね?」
先生を見るといつもと違う遠い目で微笑んでいた。
「朝比奈くんがそう思うなら、それで良いんじゃない」
その一言で魔法のように不安が和らいだ。
「また将棋打ちに来なさいね。私は毎日ここにいるから」
部室から帰るとき、みどり先生はそうニコニコ手を振った。額に汗が浮いている。
来るかどうかわからない生徒たちのために、この蒸し暑い部室に毎日詰めているみどり先生のことを僕はちょっと尊敬した。
――やっぱり先生なんだな。
将棋は僕の負けだった。今まで一度も勝ったことがない。
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