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僕はそれで今みどり先生と将棋を指している。
僕の中飛車の攻めを受け流しながら、先生は黙って話を聞いている。何の感想も意見も言わない先生に僕はしびれを切らした。
「先生、黙ってないで何とか言ってくれませんか?」
すると先生が盤上を見つめたまま口を開く。
「じゃあ、言わせてもらうけど、だから何なのよ?」
僕は耳を疑った。
――何だよ、それ。
思わず机を殴りつける。盤が揺れた。
「それが教師の言葉ですか?」
みどり先生はくっと視線をあげると真っ直ぐに僕を見る。
「教師の言葉じゃない。私の言葉。教師の言葉が聞きたいなら馬場先生のところに行ったら良いよ」
僕は言葉に詰まった。それから一度脱力して尋ねる。
「僕は一体どうしたらいいんですか? もう何をすればいいかわからないんです」
すると先生はため息を吐いた。
「とりあえず指しな。朝比奈くんの番だよ」
僕が仕方なく駒を打つ、、すぐにみどり先生も指して言う。
「どうしたらいいかわからないときは何にも考えなくていいんだよ」
「何も考えなくていいんですか?」
「いい」
みどり先生はそう言い切ると続けた。
「……だから今私も何も考えていないの」
「え……?」
真剣な顔のみどり先生を見て、僕はポカンと口を開けてから苦笑した。すると先生も笑う。
「ほら、朝比奈くんの番だよ」
僕は悩みを振り切るように次の手を指し、次第に先生との将棋に熱中して行った。獣みたいにギラギラした目になった先生に対して、僕も博徒のように一喜一憂して駒を打った。余計なことは考えない二人だけの時間だった。
いつも通り僕が負けたけど、少しだけ気分は晴れていた。一緒に駒を片付けているときに尋ねてみる。
「みどり先生って普段あんまり考えないタイプですか?」
先生は即答した。
「考えないね。考えるの苦手だから教師になったんだもん」
またも唖然とした僕に対し、
「ドンシン・フィール!」
と先生は小さな拳を構えて見せる。「燃えよドラゴン」のブルース・リー。もう笑うしかない。
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