中飛車の恋

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 夕闇の帰り道。僕は怒鳴り散らしたいのを堪えて町を歩いた。  ――志望校を変えろって言うのか! 弁護士を諦めろって言うのかよ!  幼い頃から刷り込まれて来た嘘を本当にするのが僕の使命なのだ。父親はクズだった。でも、懸命に家計を支える母さんが自分自身に言い聞かせるように語る父親は弁護士なのだ。僕の本当の父親は母さんの妄想の中にいる弁護士の父親だ。司法試験に合格すれば、それが真実になる。愚者でも狂人でも構わない。ただ母さんの嘘を本当にするだけだ。  理由を説明する素振りも見せずに断じたみどり先生が許せなかった。  ――好きだったのに……チクショウ。  毒矢に胸が貫かれ、そこから全身がボロボロに腐り落ちて行くような感覚に襲われる。その抱えきれないほどの負の感情を全て受験勉強にぶつけた。  翌春、第一志望の受験に失敗して、僕は別の大学の法学部に進学した。そこで毎日十三時間勉強した。四年間欠かさずその日課を続けて、大学を卒業後のその年の秋、司法試験合格を果たした。 その頃、僕の心の中でみどり先生はもう過去の人になっていた。五年間もの間怒りや恨みで勉強なんてできない。  司法試験の勉強で僕は法理の精緻さに魅了された。同時に人が人を裁く限界に慨嘆した。社会に影響を与えると同時に、社会の影響を受けて変わる法の世界のダイナミズムに震撼もした。勉強が苦ではなかったと言えば嘘になるが、楽しくなかったというのも嘘だ。  五年間、僕は法の様々な世界を探訪する旅人だった。その旅路は苦しくもあったが、新たな発見に日々胸がおどった。
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