中飛車の恋

9/12
前へ
/12ページ
次へ
 みどり先生のことを思い出したのは興奮が収まった合格発表翌日の朝だった。 「朝比奈くん。二歩だよ」  あの言葉がふと脳裏に蘇った。  まるで裁判官の言葉のようだと思った。同情して弁護士のように擁護するのでもなく、甘い考えを検事のように糾弾するのでもない。常識という法に鑑みて寄り添いつつも判断を下す。 「……裁判官、目指してみるか」  元々は母さんのために弁護士になるつもりでいたけど、そう呟いた瞬間夢が初めて自分のものになった気がした。  ここに至るまでずいぶん時間がかかったな、と我ながら呆れる。でもみどり先生のおかげでやっとたどり着けた。あの頃はわからなかった先生の考えが今ならわかる。  先生は僕に自分で考える力を培せていたのだ。生徒のことなんて関心なさそうに将棋を指すみどり先生は、実は誰よりも熱血教師だった。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

15人が本棚に入れています
本棚に追加