中飛車の恋

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 市内のレストランで開かれた高校の同窓会を途中退席した。コートを手にスーツ姿で繁華街を全力疾走する姿は人目を引いたが、構わず大通りまで出ると、スマホのアプリでタクシーを呼ぶ。滅多にタクシーなんて乗らないから操作に手間取り、舌打ちした。 「一体、いくつパスワードを覚えたら日常生活送れるんだ? 司法試験並みの難易度だぞ」  居ても立っても居られない気持ちを嘲笑うように、灰色の空から冷たい雨滴が落ちて来る。そばの店のシェードの下に逃げ込んで、そこがおもちゃ屋であることに気づいた。ショーウィンドウの一角に将棋セットが展示されている。 「朝比奈くん、二歩(にふ)だよ」  五年前のみどり先生の丸く澄んだ声が脳裏に蘇る。  切ない追憶に引き込まれ、冬の雨音が静寂となって広がり、そこにパチリ……パチリ……と駒音が迫って来る。  夕日の射し込む二人きりの部室。黒板の上の止まったままの時計。駒を指す先生の細く長い白墨で汚れた指……。  ブレーキ音に我に返ると、黒塗りのタクシーが目の前に停車していた。慌てて後部座席に飛び込む。 「石峰総合病院まで! すみません! なるべく急いでくれませんか?」 ※ ※ ※
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