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「……悪いが、もう来なくていい」
「そんな……!」
戸惑う希望に、店主は目を背ける。
可愛がってくれていた娼婦との突然の別れを悲しみながらも、他にも歌を求める人々がいることを思い出し、再び仕事を探し始めた。
しかし、どのバーや娼館に赴いても、何故か次々と仕事を断られてしまう。
最後に立ち寄ったステージバーのオーナーも、希望が近づくと警戒の目を向けた。
これまでのバーや娼館と同じだ。ただ、奥にいる店の人達がなにか言いたげに自分を見つめていた。
世話になっていた店が火事になったことを思い出す。ここには、自分を追ってライが来ていた。火事にはなっていないが、別の形で何らかの損害が出たのかもしれない。
「……何かあった? 俺のせい? ごめんなさい」
俯く希望から目を背け、オーナーは耐えるように眉を寄せた。
「ッ…今月分の金はやる! もう来るな!!」
「あッ…!」
オーナーは金の入った袋を希望に押し付けて、突き飛ばした。
希望はバランスを崩して倒れる。オーナーはハッとして駆け寄ろうとしたが、何かに阻まれるようにぐっと踏みとどまった。
希望はショックを受けて呆然としていた。散らばる金も、手や膝を擦り剝いてしまったことも、どうでも良かった。
ここのオーナーは希望が客とトラブルを起こしても庇ってくれて、ずっと歌わせてくれた。金の入った袋を持ってみると、いつもより重く、それが彼の最後の情けのように思えた。
そんな優しいオーナーがこんなことをするなんて、よほどのことがあったに違いない。
それがショックで、悲しくて、希望は立ち上がれなかった。
「……いっぱい歌わせてくれたのに迷惑かけてごめんなさい」
希望が小さく呟くと、オーナーが表情をぎゅっと歪め、耐えるように拳を握り締めた。
「……もう無理だ!」
「馬鹿やめろ!」
遠巻きに見ていた人々の中から、一人の男が希望に駆け寄ろうと飛び出した。しかし、傍にいた男に止められている。希望は驚いて顔を上げ、二人を見つめた。
「だってこんな…俺には耐えられねぇ…!」
「馬鹿野郎、死にたいのか!」
二人の争う声に、希望を気にかけながらも目を背ける人々。
希望はようやく違和感に気付いた。
――……何が起きてるんだ?
希望は愕然とした表情で、座り込んだまま動けなかった。
しかし、争っていた彼らがはっとして急に動きを止める。
――……何…?
怯える人々の視線の先を目で追って、希望は気付いた。誰もが希望から目を背ける中で、そうしない男が二人いた。
建物の物陰の身を潜めているのは、ライの部屋から逃げ出した時に目撃したスーツ姿の男たちだった。
――いつから……!?
希望も警戒はしていたつもりだった。
しかし、彼らにとっては、そんなもの大したことではなかったのだろう。
ずっと気付かせなかったのに、今はあえて姿を見せた。
その意味を理解できないほど、希望は愚かではなかった
「…ッ…!!」
希望はすぐに立ち上がって、その場を離れた。
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