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街から街への移動は慣れていた。
トラックが止まれば、運転手にバレる前に飛び降りて、次のトラックへ乗り込む。
幸い、ステージバーのオーナーから貰った金があったから、交渉して乗せてもらうこともできた。断られても、勝手に飛び乗った。
食事をご馳走してくれる人や服をくれる人もいたし、シャワーも貸してくれた。でも、さすがに身体を要求された時には殴って逃げた。
そうやって迎えた、五日目の夜。
希望は、ようやく大きな街にたどり着いた。
受け取った金はほとんど残っていなかった。トラックを乗り継いで出会った人々の中には、希望と同じような境遇の人も多く、少しでも助けになるようにと分けてしまったのだ。
――よかった。こんなに大きな街なら、少しお金稼げるかも。
さすがに無一文で故郷までたどり着けるとは思っていなかったから、少しほっとする。
「…あ! あの、ありがとうございま…あれ?」
希望が振り返ると、ここまで乗せてくれたトラックがすでに走り出していた。
礼を言う前に車が去ってしまって、希望はきょとんと目を丸くする。
――…あれ? 来た道戻ってない? 俺の為にこっちまで来てくれたのかな? それならなおさら、ちゃんとお礼言いたかった…。
遠ざかっていくトラックを見届けて、希望は空を見上げた。すっかり暗くなって、その分、街の明かりが眩しい。
――昼に乗せてもらって、ご飯食べさせてくれて…それから寝ちゃったみたいだけど…どれくらい遠くまで来たんだろう?
故郷までの距離を知りたくて、街を彷徨う。
希望は前の街も好きだったが、この街はさらに大きく、人々の身なりも整っている気がした。
だけど。
「…?」
希望は背中に視線を感じ、何度も振り返った。
街は争いも小競り合いもなく平和で、小綺麗な身なりの人々が行き交っている。
それだけだ。
この街の、いたってごく普通の日常の風景だろう。
なのに、何かが引っかかった。
――……気のせい? でも、なんか…?
不安が過ぎったが、ショーウインドウのガラスを鏡代わりにして自分の姿を見て、思わずため息が零れた。そして少し納得した。
洗う機会はあったが、数日着てた衣服はよれて皺もある。髪も満足に洗えなくて、くせっ毛がまとまらなかった。
綺麗な街では不審に思われたかもしれない。
――……こんな格好だもんな…あんまり目立ちたくないのに……、……え?
ガラスに映る光景に気付いて、希望は息が止まった。
ガラス越しの街の光景に、目を疑った。
道行く人々が皆、希望を見ていた。
慌てて振り向くが、街は素知らぬ顔をしている。
誰もが希望に無関心のように見える。
けれど、何かがおかしい。
周囲を見回して、ハッと息を飲む。
街を歩いている普通の人々に紛れて、こちらに近づいてくる男がいた。一人や二人ではなかった。
逃げようと反対方向に向かって走り出そうとした瞬間、一人の金髪の男が目の前に現れた。
「あっ…」
突然のことに驚いて希望は後退ったが、後ろはショーウインドウのガラスだ。
よく見れば、男に見覚えがあった。前の街で希望を見張っていた男の一人だ。
気付いた時にはすでに男たちに囲まれてしまっていた。
「お部屋が整いましたので、お越しいただけますか?」
「――ッ!?」
丁重な招待であるかのように装うが、金髪の男が合図すると、他の男達が無言で希望に掴み掛かった。
一瞬遅れて抵抗を試みるが、手慣れた様子で車へ押し込まれる。
「イヤッやだ! 離してッ…誰かっ!」
希望がいくら叫んでも騒いでも、警察も市民も視線一つ向けることはない。この街の日常に変化はない。
駆け寄る事はもちろんなく、立ち止まることもなく、ただ通り過ぎていく。
――そんな、どうしてっ……!?
「舌噛まねぇように布詰めとけ。いくぞ」
必死の抵抗も虚しく、後ろ手に手錠をかけられて、口を塞がれる。
車が走り去った後、街は何事もなかったかのように日常を取り戻していた。
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