序章 歌姫の回想録(メモワール)

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序章 歌姫の回想録(メモワール)

「これでおしまい、と」  ぎゅうぎゅうに詰め込んだトランクの上に乗っかって、パチンッと留め具をはめる。  ふう、と一息ついて部屋を見渡した。 「……あっけないもんだなぁ」  旅立ちの準備を終えてみれば、思い出が詰まった10年分の荷物は小さなトランク2つ分しかなかった。    部屋に残されたのは、本や絵画、貴金属、世界中から集められた高価な品物ばかり。あの人が俺のために用意してくれた贈り物だ。  手に取れば、あの人と過ごした日々が昨日のことのように思い出せる。  何よりも大事な宝物だった。    ……けれど今は――    あの人がここを去ってから、思い出に浸る日々を過ごしてきた。ここに残された贈り物だけが、あの人がここにいた証だった。だけど今はそれが胸を締め付ける。    がらん、と広くなった部屋には、あの人の気配すら感じられなくなってしまった。  最後に触れ合った日から、何度も容赦なく夜が訪れ、ひとりぼっちの朝を迎えた。朝目覚めて、あの人の姿を探して、温もりを求めて、また夜を迎えては祈るように眠りにつく。    ――それも今日で終わりだ。    あの人と……ライさんと出会って、十年目の冬。  俺は、ここを出ていくことを決めた。    ……そう、出会ったのも今日みたいな冬の夜だった。あの夜の凍えるほどの寒さと静寂は、今でも鮮明に覚えている。    月も星も見えない漆黒の夜。    あの日の出会いが、すべてを変えてしまった。
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