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回想①
はじめて社交界デビューした時、僕は緊張して誰とも話せなかった。僕のところへ来てくれた人に挨拶をしていたが、正直なんて言ったかも覚えていない。
息苦しくて逃れるようにバルコニーのベンチで休憩をしていると、会場からは優しいワルツの音楽が流れてきていた。
僕はため息をつくと手に持っていたシャンパンを飲み干した‥‥‥。男爵様に子が出来れば、僕はまた商人に戻るかもしれないのに、人と話すのが苦手とか正直言って笑えない。
今のところ、男爵様と奥様には子をなすつもりがないらしいと聞いていて‥‥‥。戸惑っていた。2人の気持ちは分からなくもない。だが、もっと真面目に考えて欲しい。大切に育ててもらっておいて何だが、貴族としては2人とも考えが甘いと思う。
僕はグラスをテーブルへ置くと、帰るまでここに身を隠すことにした‥‥‥。ここへは誰も来ていないみたいだし、少しの間なら大丈夫だろう。
「ステファン・グランドール、君が養子だって本当?」
僕がベンチで休んでいると、やって来た誰かは急に声を掛けてきた。顔にそばかすのある、赤い髪色をした青年だった。背は僕より低く、同い年のくらいの背格好をしている。
「えっと‥‥‥」
「さっき、君と話をしたテオ・フォルトナーだよ。きみ、噂で神童って聞いたけど本当?」
「え? いや、その‥‥‥」
「そこで何をしている?」
声が聞こえたと思ったら、知らない青年が僕の前に颯爽と現れた。腰には帯剣をしており、金髪に青い瞳をしている。
「で、殿下‥‥‥。私は、その‥‥‥」
テオ・フォルトナーが口ごもっていると、金髪の青年は僕へ手を差し出した。
「ステファン・グランドール殿、どうか私と一曲踊っていただけないだろうか?」
「え‥‥‥。私、ですか?」
「そうだ」
「‥‥‥承知致しました」
僕は彼の手を取ると、ダンスホールへ戻った。ダンスホールは既に閑散としていたが、彼が戻ると再び気を取り直したかのように、先程と同様のワルツが流れ始めた。
「今日がデビューにしては、上手だね」
「家で死ぬほど練習しましたから‥‥‥。私のことを知っているのですか?」
「いや‥‥‥。さっき、聞いたんだ。何だか、絡まれているみたいだったし、気になったからね」
「‥‥‥ご挨拶が遅れて申し訳ありません。ステファン・グランドールと申します」
踊りながら、僕がそう言うと彼は笑っていた。
「私は、レオンハルト・メイソン‥‥‥。知ってのとおり、この国の第2王子だ。でも、年は同じだから、友達になってはくれまいか?」
「光栄です‥‥‥。レオンハルト殿下、とお呼びしても?」
「いや、私の事はレオンと呼んでくれ」
「‥‥‥レオン様?」
「ああ‥‥‥。綺麗な銀髪だな」
レオンハルト殿下は、踊りながら肩に落ちた銀の髪を僕の耳に掛けていた‥‥‥。男同士なのに、その仕草にドキリとしてしまう。
「また会えるか?」
「そうですね。また、お会いしましょう」
「約束だ」
「‥‥‥はい。よろしくお願いします」
それから数ヶ月間、僕は社交界で殿下に会うと、必ずと言っていいほどダンスを一緒に踊っていた。
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