隣国へ

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隣国へ

 その後、殿下と一曲だけ踊った。殿下はひと言だけ「ありがとう」と言うと、馬車まで見送りに来てくれた。 「今日はありがとう‥‥‥。また連絡するね。」  殿下はそう言うと、馬車に乗った僕を引き寄せて額にキスをしていた。僕が呆気に取られていると、馬車は走り出してしまう。 *****  家に着いてから、男爵である養父に問いただすと、「男爵家を継ぐ」とは言っていたが、殿下の申し出を本当に断ってよいのか、よく分からなかったため、返答は保留にしていたという。 「ステファン。お前は‥‥‥。殿下と親しいし、殿下を好いているのだろう?」 「確かに親しくさせてもらっていますし、好ましくは思っていますが、『友』と『パートナー』は違いますよね?!」 「うむ‥‥‥。そうなのか?」  僕は頭が禿げそうになりながら、考えを巡らせていた。 「父上が了承したのでないならば、断ってもいいですよね?!」 「待て‥‥‥。断ったのか?」 「いえ‥‥‥。成り行きで了承してしまいましたが、後で断ろうかと‥‥‥」 「それは‥‥‥。難しいだろうな」 「父上‥‥‥。どうして私なのでしょう? 私は男ですし‥‥‥。失礼ですが、家柄も釣り合いません」 「すまない‥‥‥。どういう事なのか、正直なところ私にも分からない」  僕は自分の部屋へ戻ると、ドアを閉めて衣服をトランクケースに詰めていた。後を追いかけて来たメイドのマーサは、僕の脱いだ衣服を受け取ると慌てていた。 「坊ちゃま、どうなさったのです?」 「ほとぼりが冷めるまで、隣国の父のところにいようと思う‥‥‥。理由は『病気療養』ということにしておいて」 「ダメです。坊ちゃま‥‥‥。なりません」  幼い頃から仕えてくれているマーサは、僕を止めるべく必死に何かを言っていた。でも僕は‥‥‥。これまで頑張ってきたんだ。今までの努力は一体、何だったのだろうか‥‥‥。自分の中で何かが決壊して、崩れ去ってしまうのを感じていた。 「さよなら」  僕は男爵家の裏門の近くにある壁をよじ登って屋敷から外に出ると、旅に出るため徒歩で実の父親のいる隣国の商家へと向かったのだった。
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