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訪問
それから数週間。自宅療養と言いつつ、僕は領地経営のための勉学に励んでいた。けれど、時おり殿下の顔が浮かんでは消え‥‥‥。殿下と交わした『友としての婚約』にも頭を悩ませていた。
(殿下は、医者が言っていた僕のフェロモンに惑わされた訳では無かったのだな。それなら、どうして「友として婚約」などと、言いだしたのだろうか‥‥‥)
「あっ‥‥‥」
(そうか、隠れ蓑か。本当は好きな相手がいるけれど、結婚出来ない相手だから、僕に偽装結婚しろと‥‥‥。そういう事だな)
偽装結婚なのかもしれないと思いつつも、それはさすがに、殿下に聞けないな。と思っていた。それに、偽装結婚ならキスをする必要はない。
(いや、ひょとして、侍従やメイドに疑われないように見せつけていたのか? だとしたら、この上なく恥ずかしいな‥‥‥)
資料を確認をしながらも、余計なことを考えていた僕は、ノック音が聞こえるまで人が来ていることに気がつかなかった。
「坊ちゃま、レオンハルト殿下がお越しです。中へお入れしても構いませんか?」
(えっ? なんで今、来たんだ??)
「どうぞ」
疑問に思いながらも、ドアが開いた先には満面の笑みを浮かべた殿下が立っていた。
(これは演技なのか‥‥‥。だとしたら凄いな)
「殿下、こちらへどうぞ」
僕は椅子から立ちあがると、殿下をリビングのソファーへと案内した。マーサは一度、部屋から出てポットを片手に戻ってくると、紅茶を淹れてから部屋を出ていった。
ドアが閉まると、すぐに殿下は私のいるソファーの隣に腰掛けて僕の手を握っていた。
「何をしていたの?」
「少し勉強を。明日、経済の先生がいらっしゃいますので‥‥‥」
(マーサは見ていないだろうから、そんなに熱心に恋人のフリをしなくてもいいのに‥‥‥)
「そうなんだね。どうしたの、ステファン。何だか、嬉しそうだね」
「いえ。殿下の演技は、素晴らしいな‥‥‥。と思いまして」
「演技?」
「マーサは覗き見したりしないので、仲のいいフリをしなくても大丈夫ですよ」
「何だって?!」
僕が声をひそめて言うと、殿下は素っ頓狂な声を出していた。
「いや、だからマーサは覗き見なんかしないので‥‥‥」
「いや、その後だ‥‥‥」
「仲のいいフリをしなくても大丈夫ですよ?」
「何故、仲のいいフリなんだ?」
「だって、偽装結婚なんでしょう?」
「偽装結婚? 誰がそんな事を言ったんだ?」
「いえ、誰も。僕に婚約を申し込むなんて、それくらいの理由しか思いつかなくて‥‥‥。本当は想い合う相手がいるけれど、結ばれないとか、そんな理由じゃないかと思ったんです」
「奇跡的に最後の一文は合っているな‥‥‥」
「えっ。じゃあ、やっぱり‥‥‥」
「‥‥‥」
僕が再び何かを言う前に、殿下は僕の唇を塞いでいた。
「んっ‥‥‥」
「‥‥‥」
「殿下?」
「レオンでしょ? 昔の約束、忘れたの?」
「申し訳ありません、レオン様」
「レオンって、呼び捨てで呼んで?」
「えっ‥‥‥。レオン?」
「‥‥‥嬉しい」
何となく僕は理解していた。殿下は‥‥‥。理由が何にせよ、伴侶として僕を求めていたのだと。
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