33人が本棚に入れています
本棚に追加
「水瀬様」
駅に向かって歩いている背中に、声を掛けた。
哀しい別れの現場にいたので、その顔は見知っていた。
振り向いた彼は、不思議そうに俺のことを見つめていた。
俺はそんな様子の彼に、気を引き締めて自己紹介をした。
「先ほどは失礼致しました。私、村越家の執事、北川より言い遣って参りました、長谷川と申します。屋敷では水瀬様をお繋ぎしてはならないと言われておりましたので、あのようなお断りをしてしまいました」
「は・・・はい・・・」
彼はいまいち状況が呑み込めず、困惑しているようだった。
「実は北川はご主人様からきつく言われて、水瀬様とお話しすることを禁じられておりまして・・・。ただ、本当は水瀬様とお話をしたいと考えておりますので、わたくしが代理としてやって参りました」
執事長の名前が出たので、得心したようだった。
「そうだったんですね・・・」
俺はまだ戸惑っている彼に、こう提案した。
「ここでは何ですから、落ち着いてお話し出来るところへ移動しましょう」
彼は小さく頷いた。
そうして俺たちは近所の喫茶店に入った。
喫茶店に入り、お互いアイスコーヒーを注文した。
そして俺は、改めて彼に質問を投げかけた。
「水瀬様。なぜ北川に会いにいらしたのですか?」
彼は意を決した様子で話し始めた。
「実はさくらのおなかの子なんですが、僕との子の可能性がありまして」
「何ですって?!」
俺は思ってもみなかった言葉に動揺した。
「以前僕がお屋敷に訪ねた前の日、さくらとありのままの姿でひとつになったのです。彼女の出産予定日から考えると、タイミングが合っているので・・・」
俺は言葉を失ってしまった。
今回のさくら様の報道は、村越家にとって衝撃的だったのに、この申し出は、更に予想外の話だった。
俺は出来るだけ冷静になるように意識しながら、彼に問うた。
「・・・それが事実だとして、水瀬様はどうなさるおつもりですか?」
すると彼は、真っ直ぐに俺を見据えてこう言った。
「僕はさくらと連絡を取って、状況を確認したいと思っています」
俺はその話を聞いて、村越邸の現状を伝えることにした。
最初のコメントを投稿しよう!