1.ひとりぼっち

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1.ひとりぼっち

私には家族との穏やかな記憶はない。 物心ついてからの記憶は、冷ややかで無関心な表情の父と、兄と比較して溜息をつくだけの母と、馬鹿にして必要としていないと言う兄からの暴言があるだけだった。 これもすべて、私が女として生まれてきてしまったからに他ならない。 我が中村家は、祖父の代まではまだ地方の商店だったものの、父である巌が社長に就任して以降わずか20年ほどで、大手百貨店の仲間入りを果たしたこともあり、飛ぶ鳥を落とす勢いで急成長を遂げていた。 けれど男尊女卑の家柄で、兄の雄介が生まれてからなかなか子宝に恵まれなかった中村家にとって、母のひろ子が私を身籠った時点で喜んだ分、女だと分かった時は相当落胆したようで、母が私を産み落とした後は、乳母に全てを任せただけで、私自身はずっと冷遇され続けてきた。 更に父は私を政略結婚の道具としか考えていないし、兄は私と年が離れているのもあって、交流することはなかった。 中村家に仕える者たちの中にも私を蔑む風潮があり、私はいつもひとりぼっちだった。 それでも子供だった頃の私は、どうにかして関心を引きたくて、中学の頃に学校を休んでみたりしたけれど、全く効果は無かった。 却って私を蔑むには十分な要因を与えただけに過ぎなかったと言ってもいい。 更に一度長く休んでしまったことで、学校に戻りにくくなってしまい、引きこもり生活を長く続けてしまった。 そんな生活が続いて、一般的には高校を卒業する年齢になる頃には、もう自分に価値を見出す事は出来なかった。 けれど、私にとって僅かばかりの幸運があった。 メイド長である高梨の娘、あいの存在だ。 父の目もあり、メイド長の高梨自身も大きな行動をとることはなかったけれど、短大の家政科を卒業して中村家に入ったばかりの高梨あいが、私が引き籠って以降専属に付いたのも、メイド長の口添えのおかげだったので、感謝している。 高梨は私にとっては心を開くことが出来る、唯一の人だった。 閉ざしていた私の心を開放することが出来たのも、高梨のおかげだった。 『嬉しかったら喜んで、納得できなかったら怒って、哀しかったら泣いて、楽しかったら笑っていい』 辛いときにそうやって私を励ましてくれたおかげで、私は心を保っていられたのだと思う。 そんな生活が5年になろうとしていた時に、新たな幸運が私にもたらされた。
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