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第11章 事務所
「先生。結局中野さんの住民票を取って行ったのは誰なんでしょうか?」
「うん。」
「うん・・ではわかりませんが・・。」
中野緑の住民票が誰に何のために取られたのか、まだわからなかった。
使い途は色々と考えられる。
でも、それが何かわからなくては、こちらも動きようがなかった。
相手が動き出すのを待つか?
でも、被害を事前に防止するのが僕のモットーではなかったか?
影山と鈴木は事務所にいた。
ゆうべの川崎の証言を整理していた。
そこに突然、事務所のドアをノックする音が響いた。
ドンドン!
あ!
何かを言おうとしたところに、それを断固遮断するようなドアの響き。
影山はいつもは鈴木に開けさせるドアを自ら歩み寄り、
無意識にノブを回していた。
「あ・・中野さん!」
あ・・先生。」
それは中野緑だった。
「どうされましたか?」
「いきなり来てしまって、すみません。」
「とりあえず、どうぞ。」
影山は中野を事務所の中に誘導し、ソファに座らせた。
中野は何かに怯えている感じがした。
影山は、鈴木にコーヒーを入れさせて、中野の正面に座った。
「何かアクションがあったんですね。」
「はい。」
「どうされましたか?」
「男が・・マンションに来ました。」
「え?」
「私の部屋の前に男が来たんです。」
「え・・。」
そのことを口に出すことによって、中野はますます興奮して来た。
「中野さん、落ち着いて下さい。あなたのマンションの部屋の前に、誰が来たんですか?」
そこでしばらく沈黙が流れた。
中野は呼吸を整えて、しゃべることを整理しているようだった。
「すみません。落ち着いて説明します。」
「お願いします。」
鈴木が、三人分のコーヒーをテーブルに並べると、そのまま影山の横にゆっくりと座った。
「昨日、仕事から帰ると、マンションのオートロックの前に男が立っていたんです。
最初は誰かを訪ねて来たのかなと思ったのですが、私が暗唱番号を入力して中に入ると、
すぐ後ろからサッと入って来たんです。」
「はい。」
中野がそこでひと呼吸をついた。
まだ落ち着かない様子だった。
「私、怖かったんですが、そのままエレベーターまで速足で向かって。でも、その男も私の乗ったエレベーターに乗って来たんです。もう心臓が止まりそうでした。」
影山と鈴木も息を殺して中野の話に聞き入っていた。
「そしてその男は、私と同じ二階で降りました。
私は大声で叫びたいくらいでした。でも出来ませんでした。あんなところで大声を出したら何をされるか・・。」
鈴木はなんて相槌を入れたらいいか思い当たらなかった。結局黙って中野の目を見ているだけだった。
「部屋に入る瞬間、ドアのカギを開ける瞬間が一番危ないんですよね。」
「はい。」
「私、右手でカギを回しながら、左手にバックをぎゅうって握ってました。もし後ろから近寄って来たら、それでなぐってやろうと思ったんです。」
「でも、平気だったんですね。」
中野が「あ」という表情をした。
影山の「平気だったんですね」という言葉が、中野の緊張をほどいた。
「はい。無事でした。」
中野は涙が出そうだった。
こんな怖い思いをしたことはなかった。
いま、無事にこの事務所に来られたことが本当に嬉しかった。
「男はその後何をしていたかわかりますか?」
中野がひと呼吸おいた。
「はい。ドアののぞき穴から見てたら、私の部屋のドアの前まで来て、何か中の様子を伺ってるようでした。」
「それ以上何もして来なかったのですね。」
「はい。しばらく外をうろうろしていましたが、帰ったようです。」
「警察には?」
行ってません。だって何も証拠がないし・・。」
「ストーカーだという証拠ですか?」
「はい。きっと私の勘違いだって言われます。
住民票を取っていったのは、女だったし。」
「でも、無事で良かったですね。」
「はい。」
そこで影山がテーブルのコーヒーに口をつけた。
それをきっかけに、中野も鈴木もカップを口に運んだ。
「あ・・。」
「どうかしましたか?」
「はい。その男・・私の部屋の前でつぶやいていました。」
「なんて?」
「中野緑・・と、私のフルネームを。」
「じゃあ先生、やっぱりその男がストーカーなんですよ。」
「うん。」
どうやら、女のバックに男がいたようだ・・と影山は思った。
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