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第14章 邂逅
楢本は、秋田の住んでいたマンションの隣の部屋に、「中野緑」という女が住んでいたことに着目した。
「みどりが・・・。」
秋田は最期にそう言った。
みどりがどうしたのだ。
みどりが秋田を殺したのか。
それを探るためにあのマンションに行って、あの女を知った。
エレベーターで見た感じは、普通のOLだった。
年齢は三十前・・二十七、八あたりだろうか。
とても犯罪を犯すような感じではなかった。
しかし、女は外見ではわかりはしない。
あんなきれいな顔をして、いったい何を思って、
何をしているのかなど、わかるものではない。
さて、あの女の素性を調べなくては・・・。
でも、昨日のあの雰囲気ではもうあの女に容易には近づけないと思った。
だとすれば、どうしたらよいだろうか・・。
探偵にでも依頼するか。
楢本が自宅から外へ出ると、そこで男女のカップルに呼び止められた。
一見すると、何かの営業。
しかし、男の目つきが営業のそれとは違う。
全てを見通すような冷静さの中に、人の心に直接触れるような、そんな優しさも感じられる。
まさか刑事ではあるまい。
「楢本さんですか?」
「はい。」
男の方が名刺を突き出した。
「探偵の影山といいます。」
「探偵さん?」
「はい。」
楢本は探偵事務所でも探そうと思って、アパートを出たところだった。こんな好都合なグッドタイミングなんてあるのだろうかと思った。
「え? どうして・・。」
「そこが、ご自宅ですよね。ちょっとよろしいですか?」
楢本はよくわからぬ状況に、うんと頷いていた。
第15章 みどりと緑
実は、中野緑さんからストーカーの被害届が出ています。」
「え? 中野緑? ・・・ああ。」
「ご存知ですよね?」
「はい。」
「では、ストーカー行為については?」
楢本はやっと事態が飲み込めた。
彼らは勘違いしたあの女の依頼を受けて、
勘違いしたまま俺に会いに来たのだと悟った。
楢本は、このままストーカーの汚名を着たまま状況を見守るべきか、或いはこの汚名をそそぐか考えた。もし、あの女が秋田殺害に関わっていたら、どっちに転んだ方が都合がいいのか、それを考えていたのである。
「ストーカー行為というと?」
「住民票を別の女に取らせたり、マンションに押し入ることです!」
鈴木が幾分強い語調で中に入った。
え?
住民票?
いったい何のことだ?
その楢本の思いが顔に出たことを、影山は見逃さなかった。
「何か納得出来ないことでも?」
この影山という探偵、何か人の心をがっちり捕らえる、そんな不思議な力というか、魅力があった。楢本はこの探偵を味方に引き入れた方がいいと直感し、全てをしゃべる決心をした。
何故警察にもしゃべらなかったことを、
探偵なんかにしゃべる気になったのか。
それは楢本にしても、まったくもって不可解で仕方なかった。
しかし、影山にはその独特の能力が備わっていた。そして、それこそが、彼がその業界で屈指の才能と成果を発揮した最大の理由だった。
「影山さん。これから話すことを聞いてくれますか?」
「楢本さん。是非お伺いします。」
楢本は青木ケ原の樹海で、男が殺されるのを目撃したこと。警察でその男が秋田という名前で、
新大久保に住んでいたという情報を得たということ。
そしてその新大久保の秋田の住んでいたマンションに行ったこと。そのマンションで中野緑という女と一緒のエレベーターになり、その中野が秋田の隣の部屋に住んでいたことを知ったこと。
以上を影山と鈴木に話した。
「住民票はどうなんですか?
中野さんの住民票を本人になりすまして取得したということは。」
鈴木がきつい口調で楢本に質問をした。
「それは知らない。俺がしたことじゃないよ。」
鈴木は疑ってるぞという目で楢本を見た。
「楢本さん、何故中野緑さんの名前を覚えていたのですか?」
「先生、それは、
中野さんに秋田さんの部屋を覗いているのを知られたと思って、中野さんの部屋の表札を確認したんですよ。後で何かあった時のために。」
影山のその質問には代わりに鈴木が速攻で答えた。
「なにかって?」
「それは、例えば通報されたり、脅された時に、
自分のことを目撃したのは誰だったかを
しっかり覚えておこうと思って・・。」
いつしか、影山と鈴木が質問して答える形になっていた。
「そうですか? 楢本さん。」
楢本も影山も笑っていた。
「違いますよね。楢本さん。」
その一言で、楢本の表情が真剣になった。
「実は、殺された秋田が最期に言い残した言葉が、
「みどりが」だったんです。」
「え?」
「それで、もしかしたら、隣の住人が、
秋田殺しに関わっているんじゃないかと思って、
それで記憶に残ってました。」
影山は氷ついた。
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