みどり(影山飛鳥シリーズ01)

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第2章 中野緑 今日は久しぶりの食事会。 月に一度、気の合った同級生と、このお店に来る。 場所は下井草の「らせん屋」。 ここは笑顔の素敵なマスターの、隠れ家的な雰囲気の西洋レストラン。 お店は二階にあって、入口への階段がらせん階段になっている。それで「らせん屋」。 私は、いつも一番奥の席に案内してもらう。 ここは私の指定席。 私がお店に来ていない時は、仕方ないけど、 私が来た時は、この席に座るのは私。 「飲み物はどうされますか?」 私はいつもの「チェリービール」。 私はここの、このさくらんぼの香りのする甘いビールと、「スズキのポワレ」が大好き。 次は別の料理を頼もうと思っていても、 次に来た時にはやっぱりこれを頼んでしまう。 そして今日もやっぱりこの「スズキのポワレ」。 だって、美味しいんだから仕方がない。 「みどり、引っ越し先はどう? 快適?」 「うん。まあまあかな。」 私は最近新宿区の新大久保に引っ越した。 「空気とか汚くない? 大丈夫?」 「うーん、いくらかね。でもベランダとかに花を飾ってるし。」 「鉢植え?」 「うん。」 それまでは多摩で暮らしていた私が、 友達の言う空気の汚い都会に引っ越したのは、 あることが理由だった。 「そう言えば、この前、富士山の傍の森で遺体が見つかったでしょ。」 「森って、青木ケ原の樹海のこと?」 「そうそう。そこで。」 「それがどうかしたの?」 「その人って新大久保の人だったような気がする。」 「え・・じゃあ、みどりの近所とか?」 「やだぁ。」 「それがね。多摩から新大久保へ引っ越して、 それから少ししてあの事件に遭ったらしいよ。」 「えー、そうなの?」 「久美、なんでそんなに詳しいの?」 「うちの旦那ニュースやってるでしょ。」 「ああ、テレビ局のディレクターだったよね。」 「どこの局だっけ?」 「そういう話を家でするんだ?」 「実は住所をいくつも持っていたらしくて、 その線がなんか怪しいって警察では調べてるらしいんだ。」 「そうなんだ。」 「あのニュース番組のアナウンサー、格好いいよね。」 「え、それは旦那の番組じゃないよ。」 「住所もちょくちょく変えていたらしいよ。」 「それ、なんか怪しくない?」 住所をいくつも持っていたり、頻繁に住所を変える人の理由。私はそれはどんなことがあるのだろうかと、ふと思った。 「なんか追われていたんじゃない?」 「そっか。そうだよね。」 追われている。 それもあるかもしれない。 実は、私の今回の引越しも、それが原因だった。 ストーカー。 私は何者かにストーキングされていた。 はっきりこの人にということではなかったのだけど、あることをきっかけに、思い切って今回の転居に至った。 家賃は高くなったし、空気は不味いし、 でも、不気味な気持ちのままでいるよりはずっといい。また、代官山や青山や、今までは遠くてなかなか行けなかったところに、ぐっと近くなったことも嬉しかった。 ただ、そう頻繁にそういうところに出掛けるわけでもないし、一緒に出掛ける相手もいないし、気分的なものに留まるけど。 今日は久しぶりの仲間とお気に入りのお店で、 なんか楽しく酔ってしまっている。
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