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第3章 謎のストーカー
それは、私が所用で市役所に住民票を取りに行った時のこと。三連休明けの月曜日で、住民票を交付する課が殺人的に混んでいた。
もう待つこと1時間。住民票一枚に1時間なんて、ありえない!
そういう思いが顔に出てしまっていたのか、
やっと自分の番になって窓口に住民票を受け取りに行くと、住民票を手渡しながら市の職員が、
まるで私を避けるように視線を落としたままでいた。
そう言えば、申請書を出す時も、決まりでは本人確認のために、免許証を提示させるのに、私が差し出したそれを見向きもせずに、申請書だけをさっとひったくる感じで奥へ消えて行った。
それに、私が窓口に来てからずっと奥の席で、私のことを見ている年配の職員。
随分ここは失礼な職員ばかりいるんだと思ったけど、それが更に交付する職員もそんな感じだったので、何か不審な思いが私の中に広がって行った。
「ねえ。何か問題でもあるの?」
私のいけない性格。
だまっていられないというか、なんでも気になって、気になったらすぐに行動に移してしまうそんな性分が、やっぱりここでも出てしまった。
「いいえ、中野様、とんでもないですよ。」
職員があわててそう答えたが、何か怯えている感じもした。
「だって、おかしくないですか? 本人確認の免許証も見ないし、住民票を渡す時もなんかおどおどしてるし。」
後ろで順番を待っている市民の視線が私に集中しているのがわかった。すると、私が窓口に来てからずっと奥の席で、私のことを見ていた年配の職員が、私と交付係の職員とがもめてるとでも思ったのだろうか、あわてて飛び出して来た。
「中野さん、ですから昨日も申し上げたように、
飽くまでも本人確認は、間違って第三者に重大な個人情報が漏えいしないように、住民票を交付されるのが、例えご本人であっても、一応確認ということでですね・・。」
私は話の途中で割って入った。
「もしもし、昨日もってどういう意味ですか?」
目の前でその年配の職員・・
胸のネームプレートには「市民課長」とある・・
と若い交付係の職員が、きょとんとした表情をしている。
「ですから、昨日ご説明したようにですね。」
「ですから、昨日誰に説明したの?」
課長がしゃべりだすと途端に私がその話を遮ったので、今度は若い職員・・胸には「住民係 主任」とある・・がしゃべりだした。
「昨日、中野様がこの窓口にお見えになった時に、
本人の住民票でも、本人を証明するものがないということで、色々とお手間を取らせて申し訳ありませんでしたが・・。」
「きのう、窓口に私が来たの?」
二人の表情がまた固まった。
「昨日は私はここへは来てませんが。」
「でも、確かに中野さんが・・・な、川崎くん、お見えになったよな。」
「はい。中野様が免許証がないけど、今日どうしても住民票が必要だとおっしゃって、それで結局色々と協議した結果、交付することにして。」
「え? 住民票を交付したの?」
「はい。」
「誰に?」
「中野様に。」
「中野様って誰よ?」
「え・・あなた様ですが・・。」
「え・・私? 私は昨日は来てないよ。」
職員が二人から三人、そして四人と集まって来た。そのうちに、昨日の私の申請書を職員の一人が奥から持って来た。
「この申請書、見せていいんですか?」
「この場合、仕方ないだろう。」
「中野様、これがその申請書ですが。」
私がその申請書を覗きこむと、違う・・これは私の筆跡ではない。
「さっきの私の筆跡と比べてみてよ。明らかに違う字だから。」
もうその係はパニック状態に陥っていた。
気がつくと、他の市民の住民票を交付する職員は一人だけになっていて、後の職員は、全員課長の周りに集まって来ていた。
「じゃあ別人に交付しちゃったってことか。」
「だって、本人だって言ってましたよ。」
「なんで交付しちゃったんだ。」
「課長がいいって・・。」
「え・・。」
それから私は、そのフロアーの狭い会議室に案内されて、それで昨日のことを詳しく説明されることになった。昨日、私の住民票を、私だと言って取って行ったのは、勿論私ではないことはわかってもらえたようだった。
いきさつはこうだった。
それは朝一番で私くらいの年齢の女性が来て、本人だということで、住民票を申請したことから始まった。
けれど、本人を証明するものがなかったので、
原則本人確認証明書がないと交付できないと説明すると、何故本人が本人の住民票を取れないんだと、いきなり窓口で大声を出したので、どうしたものかと協議をしていたところ、たまたま市議会議員がそこを通って、その先生が私をよく知っていたらしく、私が身元を保証するから、是非いま住民票を交付してくれということになったらしい。
私はその本間議員という人など知らない。
早速市の方で本間議員に連絡を取ると、今日は商店街の慰安旅行に同行しているとのことで、すぐには確認が取れなかった。
私は一旦自宅に戻ったが、どうにもこうにも気持ちが悪くて、じっとなんてしていられなかった。
それで、友達の久美に電話をして、彼女にこのことを話したついでに、彼女が不動産屋のパートをやっていることを思い出して、それで早々に引越を進めてしまったというのがこの事件の顛末だった。
それから数日して、市民課の課長さんから電話があって、本間議員に私のことを尋ねたところ、
かつて市民参画の市のイベントで、私だと名乗るご婦人と親しくなったということで、あの時窓口にいたのは、確かに中野緑と名乗っていたご婦人だが、それがあなたではないというのなら、
それは人違いだったかもしれないという、
まったくもって、納得出来ない回答があった。
私はこんな気味の悪いことで、いつまでもひっかかっていたくなかったので、それからすぐに久美に連絡をして、さっさと引越をしてしまった。
どこへ引っ越したらいいのか迷ったけれど、
たまたまテレビでやっていた新大久保の韓国人街の印象が脳裏にあったのか、新大久保にいいマンションがないかなと久美には言ってしまっていた。
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