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第34章 秋田の過去
俺は秋田元。
理系の大学院を出て、ある研究所に勤務している。
その研究所での俺の仕事は、液体クロマトグラフィー・タンデム型質量分析計を用いたメタボローム分析を用いて、どんな二次代謝産物が、どの植物のどの部位に、どれくらい含まれるかを調査して、植物が持つ新たな有用成分を同定したり、
その生合成にかかわる遺伝子を見つけたりしている。
早い話、医療、食料などに転用するための、
有用成分を植物から取得する研究をしているということである。
その施設に新人研究員として、中野緑という女性が入所して来た。
俺はその名前を見てとても驚いた。
それは、自分が養子に出した娘と年頃が同じで、
同じ名前の女性ということだったからである。
俺は苦労してやっと大学に入り、やっとの思いで大学院に進んだ時、ある女と知り合い、そしてその女から妊娠をしたと告げられた。
まだ学生だった俺には経済力もなく、
とても結婚なんかは出来なかったし、
まして子どもを育てることなど不可能だった。
また教授からも、いま大学を辞めるのは、
あまりに惜しいとも言われ、
俺は女に堕胎してくれと話した。
その女は、双子を妊娠していた。
一人の命でも大切なのに、二人の命を見殺しには絶対に出来ないと産むことを宣言された。
女の家庭はまともだった。
それ故、私生児を産むことは絶対に許せないと言われ、産まれた双子はすぐに養子に出された。
俺は蚊帳の外だったが、二人の行先は知っていた。上の子は緑と命名された。
中野という裕福な家にもらわれた。
下の子は妙子と命名され、大庭という家にもらわれた。こちらもちゃんとした家庭だと聞かされていた。
二人の行先には何の問題もないから、二人の将来のために、何もかも忘れてくれと言われた。
その一人が、うちの研究所にやって来た。
俺は一目見た時に、自分の娘だと確信した。
何の因果か父親がいる研究所に入所して来て、
そして更に父親の研究グループに加わることになった。
緑は俺の話を聞かされているのだろうか。
緑の存在を間近に見ると、同時にそれは妙子の姿も間近に見るということになる。
俺は緑を通して、そこに妙子の存在も感じていた。
俺はある時、自分の娘だと確信する緑のバッグに
手紙を忍ばせた。誰かの送別会の時だったので、多分誰にも気づかれずに、その手紙を彼女のバッグの中に入れることが出来たと思う。
手紙にはこう書いた。
「あなたの本当のお父さんを知ってます。
明日午前七時に研究所の植物園で待ち合わせしましょう。」
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