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第36章 植物園で
翌日、植物園で俺はデートをすっぽかされてしまった。劇的な父娘の再会を夢見て、昨晩は一睡も出来なかったのに。
この植物園は外からは中の様子が見えないし、
また中の声も聞こえない。
そしてエントランスから誰が入って来たかも、
いま俺が立っている場所からは一望できるので、
こんな条件の良い場所は無いと思い、
ここに娘を呼び出したのだが、彼女が現れなければ意味がないことだった。
俺は寝ていないことと、極度の緊張感から眠気が急に襲って来るのを感じた。
あと1時間ほどでみんなが出勤して来る時間。
30分ほど、自分の部屋で仮眠を取ろうかと、
その場を離れようとした時、エントランスのドアが開く音がした。
今日は防犯カメラのスイッチを切って来てある。
だから二人がここに来たことも誰にも漏れることはなかった。俺はゆっくり娘の方に歩み寄ろうとした時、それは女性の姿ではなかった。
俺は物陰にとっさに隠れた。
別に隠れる必要もなかったのだが・・
そう。言い訳はなんとでも出来る。
でも何故かそんな行動を取ってしまっていた。
「それがどうやら心配していた通りのことになりそうなんです。」
「そうか。」
「それはうちの落ち度か?」
「原因は違います。でもうちでそれが起きればそうなるのかと。」
「じゃあ彼に案内させるんだ。それで原因を絶とう。」
「わかりました。」
それは知らない声だった。うちの研究所の所員なんだろうが、千人以上いる中には、勿論顔さえも知らない人物もたくさんいる。
しかし、いったい何の話だ。
こんなところで内密に話をするということは、
聞かれてはまずいことなのだろうか。
俺は娘にデートをすっぽかされた代償を得ようと、彼らの後をつけてみることにした。
しかし、それは単なる気まぐれだった。
30分仮眠を取るよりも面白いと思ったからだ。
「転んでも、ただでは起きない。」
頭の中でそうつぶやいていた。
彼らはそれから間もなく植物園を出て行った。
俺は静かに彼らの後をつけた。
彼らは俺の職場とはまったく逆方向に歩きだし、
俺が一度も入ったことがなかった建物に消えて行った。
そこは以前遺伝子組み換えがされていた研究棟だった。今はその研究をしている施設はない。
今も何かしらの植物を栽培して、何かの研究をしていたと思うのだが、詳しいことはまったく知らなかった。
この時間、まだ出勤してくる所員はいないので、
彼らの足音で彼らがどこを歩いているのかがわかった。俺は靴底がラバーのものを履いていたので、俺の足音はしない。
やがて彼らは温室が設置されたガラス張りのラボに入っていった。温室と言っても、外気と隔絶された施設と言った方が、正確だろうと思う。
中には植物が見えた。その植物が、極度に温度の変化に弱いのだろうか。或いは湿度の変化や・・・。
彼らはその温室を外から眺めていた。
二重構造になった温室には入らないで、外で何かを話していた。すると温室の反対側からもう一人男が現れた。彼が話に出て来た「彼」だろうと直感した。
そして彼には見覚えがあった。
彼はうちの研究室に採取した植物を運んで来たことがあったからだ。確か名前を目黒といった。
ここにもきっと同じように、どっかで採取した植物を運んでくるのだろうと思った。
「彼に案内させるんだ。」
その言葉が蘇った。
俺はそこで自分の職場に戻った。
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