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第38章 そして青木ケ原
彼の車は西を目指した。
少し間隔を開けて、でも決して見失わないように、俺は細心の注意を払って尾行した。
俺といま運転している目黒とは直接の面識はない。彼がうちの研究室を訪れた時は、応対は部下がしていた。そしてもう一人の研究所員はまったく知らない。
なので、仮に真後ろを走っていたとしても、
俺が誰であるかはわからなかったと思う。
やがて車は富士スバルラインの開業で、
すっかりすたれてしまった精進湖登山道の入り口で止まった。俺はそこから離れた場所に車を止めて彼らの後を追った。
「やっぱり青木ケ原だったか!」
登山道の入り口には「命を大切に」という看板が立っていた。
ここは自殺の名所・・。
なんとも薄気味悪い場所だが、その一方で豊富な植物の生息地でもある。
少し下がった気分を取り直して、彼らが消えた山道を急いだ。しかし、彼の車と少し距離をあかせて止めたせいか、彼らの姿がいっこうに見当たらない。少し視界が開けたところでも、先を行く彼らの姿はなかった。
きっとどこかで脇に入ったのだろうと思った。
山道をはずれるのは、まさに自殺者と同じ行動になってしまうが、それでも彼らの後を追えないというのであれば仕方がないと思った。
俺は帰る道を確認しながら、
つまり時折山道を振りかえりながら、
山道をはずれた奥へ奥へと進んだ。
やがて、山道も見えなくなるくらい深く入り込むことになった。
元来た道に戻れなくなったらまずいと思って、
俺は山道の方を向きながら、後ずさりする格好で
更に奥へと進んだ。
もし彼らに見つかったら、その時はとぼければいいと思った。しかし、彼らが近くに来た時は、彼らが枯木や枯葉を踏むしめる音がまず聞こえるだろうと思った。その音が聞こえたら大木の影にでも隠れれば見つからないと思った。
俺はゆっくりと自分の足音がしないように辺りを警戒しながらそして耳をすませながら、もっと奥へと入っていった。
その時、
それは突然だった。
俺が振り返る間もなく、何かにやられた。
何の物音もせず、何の気配もせず・・。
どこに彼らが潜んでいたのかわからないが、
俺はその場に崩れた。
そしてこれはまずい・・そう思った。
体が動かなかった。
自分の死を悟った。
その時に男が・・彼らのうちの一人だろうか・・
俺につまずいて倒れた。
俺の死を確認しに来たのか。
俺は無意識に何かを言っていた。
「みどり。」
娘の顔が浮かんだ。
娘と親子の名乗りをあげたかった。
この腕に抱き締めたかった。
苦しみと後悔が釣り合った時、意識が遠のいた。
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