みどり(影山飛鳥シリーズ01)

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第43章 秋田の遺産 大庭の郵便ポストに手紙が投函されてあった。 郵便ポストにチラシが山盛りになって、その底に押しやられていた。かなり前にそれは投函されたものだった。 大庭は送り主を確認して思わず、あっと叫んだ。 そこには「秋田元」という名前があった。 消印を見ると、彼が殺される直前の日付になっていた。 自分が双子の姉妹だと確信した中野緑は殺された。折角同じマンションに引っ越して来た矢先のことだった。偶然を装って姉妹のご対面・・を日夜夢見ていたのに、それも儚いものに終わった。 そして、中野緑の前住所から、中野の本当の父親の存在を知った。となりのおばあさんの話からヒントを得て、懇意の探偵に依頼した結果、それは青木ケ原で殺された「秋田元」という人物だということを知った。私は、父の前職の研究所に忍び込み、今は食堂のおばちゃんになっている。 「君、誰かに似てるんだよね。」 食堂では一、二度そんな口説かれ方をされた。 でも基本、厨房で食事を作っているだけなので、 中の所員と面と向かって会うこともないし、 特に何かあるということでもなかった。 それが或る日、食堂のテーブルの醤油がないということで、別のものと取り変えに行くと、一人の所員が、私が誰かと似ていると言い出して、 それが中野という亡くなった所員と似ているという話になった。私は大庭と言いますし、独身なので元々この苗字なので、そんな人は知りませんと言うと、他人の空似ということで上手く逃げることが出来た。 私は中野緑がこの研究所で実の父親と一緒に働いていたことを初めて知った時、仲間はずれは私だけ? と、大きな疎外感を感じた。 中野緑のことを調べて、あのマンションに住んでいることをつきとめて、私もあそこに越した。 再会がそんな劇的ではないにしろ、私は一種の余興として期待を持っていた。 あの日、姉が殺されたと知って、 私はしばらくあそこには戻らない決心をした。 双子の私の姿はまずいし、警察の目も光っているだろうし、ネカフェでも転々としようと思った。 父に次いで姉も殺された。 父と姉の死。 死と言っても殺されたということ。 それは、娘であり、妹である私にとって 大問題であることには間違いなかった。 けれど、ルポライーターの血が騒いでも、 肉親姉妹の血は騒がなかった。 なぜ? それはいくら血の繋がった関係でも、 私たちが一緒に過ごしたという事実がなかったから。いくら血が水よりも濃いと言っても、 その事実によって初めて顕在化する関係が 本当の家族ということなのだと思った。 いくら家族でも性格が合わない人もいるし、 時には憎んだり、更には殺し合う関係の家族もいる。 私たち三人は本当の父と娘、姉と妹だとしても、 愛情を育む過去がなかった。 その場所が、時間が存在しなかった。 だから、二人が殺されたと知った時も、 新聞のそういう事件を読んだ時と同じような感情しかわかなかった。 私が二人が勤めていた研究所に潜入した時も、 本当なら二人が殺された真相をまず初めに調査するべきなのに、それと同列で、いや寧ろそれに優先して、あの猿の大量殺戮の事件を調べていたというのは、こんな私の気持ちに起因していた。 でも、こうやって父から手紙が届いていたということは、父が、そして姉も私に対する思いは、 私がかつて抱いた希薄なものとは違っていたのかもしれない。そう思った時、温かな期待がなんとなく込み上げて来た。私は自分の部屋に戻り、その手紙の封を切った。 「大庭妙子 様 突然の手紙でびっくりすると思います。 あなたは自分が今のご両親のところに養子にもらわれたことをご存知ですか。もしご存知でなければこの手紙は衝撃的だったと思います。 これは嘘ではありません。 もしそういう話をご両親から伺っていなかったとしても、なんとなくそういうことをを感づいていませんでしたか。そして私があなたの本当の父親です。私は秋田元といいます。 今更父親面して何を言うかと思われるかもしれませんが、あなたの双子の姉とともに一度お会いしたくこの手紙を書きました。 双子のお姉さんの存在はご存知ですか。 もしそうでなければ是非あなたのお姉さんにも会って下さい。」 私はこの手紙を見て、 父が姉とともに私に会いたがっていたことを知った。私は心が温かくなった気がした。 便箋は二枚あった。 もう一枚をめくると、その内容は先ほどのものとはガラッと変わって、私は何かルポライターの血が騒ぐのを感じた。君がルポライターだと知りました。ルポライターは何か特ダネを探す職業でしょうか。そうだと思い込んで、ある情報をお知らせします。うちの研究所、横浜の鶴見区の植物科学研究所ですが、そこで危険な植物の研究をしています。青木ケ原で採取した植物です。 調べてみたらどうでしょう。 これは父からのお土産です。」 私はその研究所の名前を見て止まった。 父と姉が勤めていて、今私が潜入しているあの研究所!父と姉の死とあわせて調査目的だった、 猿の大量死亡事故が危険な植物という文字と頭の中で突然つながった。
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