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第48章 事実
四人は勢いよく中に踏み込んだ。
その後は・・・実はよく考えていなかった。
さて、どうする。
四人は中にいた所員と目が合った。
しかし、そこには殺気立った雰囲気はなく、
一種のあきらめに似た空気が淀んでいた。
影山はそのまま動かずにいたが、何も起こらなかった。
「その中にあるのが、例の植物か?」
その植物がどんなものか知らなかったが、かまをかけた。
「あなたたちは?」
その中で一番年長と思われる男が声を発した。
「警察・・ではない。」
影山がそう言うと、その男はすこし微笑んで、「これで解放されるかな。」と、そう言った。影山は少し状況が感じながら、その男を凝視した。
「安心してくれ、私たちは味方だ。」
その男はそう言って温室のガラス越しに、中の植物に視線を向けた。
影山がその男に歩み寄り、近くの椅子に座った。
「説明してくれますか?」
その男は影山の近くの椅子に座って、うなずいた。
その男はその研究室の室長で前田といった。
かなり憔悴しきった様子で、もう精神的に限界という感じだった。
影山が前田の顔を改めて見つめると、
それは例のK大霊長類研究所の事件で、
記者会見に映っていたこの研究所の所員だった。
彼があの事件にどう関わっていたかは知らないが、この手の研究にはとても熱心で、時には暴走してしまう性格ではないかと瞬時に分析した。
前田の話はこうだった。
或る日、研究用に採取した植物の保管場所に困って、猿が保管されている場所を間借りさせてもらうことになった。
猿は新薬開発の治験薬の実験に使っているものだった。ところが、翌日になってそこに行ってみると、猿が大量に死んでいた。
最初はウィルス性の何かではないかと思われたが、検査をしてみると、どうやらアルカロイド系の毒によって死んだということがわかった。
そこでそこにあった植物をまず疑ったのだが、
その植物はそのような性質を持つものではなくて、これは新しい何かの発見につながるのではないかと思った。
彼らは植物の代謝による新薬の研究を主にしていることから、そのような直感が働いたという。
しかし、その植物をどう調べても、そのような代謝が行われたり、またアルカロイド系の物質を生成することは認められなかった。
そこでその植物の処理に困っていたところ、
あの秋田室長に怪しまれたので、あの植物を採取した場所へあの植物を投棄してくるようにそれを採取した所員に命じた。
それがどういうわけか、その投棄場所近くであの秋田室長が亡くなっているということを翌日、警察からの問い合わせで知った。
恐らく、投棄場所にはあの植物がまだ生息していて、秋田室長がその場所に迷い込んだ時に、猿と同じ運命をたどったのだろう。
何故、あそこに秋田室長が居たのかは不明だが、
もしかしたら、あの植物の投棄場所を確認するために、うちの所員とあの植物を採取した所員が下見に行った時に、それを尾行したのではないか。
前田さん、それでは秋田さんの事は事故だと。」
「だと思います。」
え!
大庭がそんなはずはないという表情をした。
「秋田室長はやはりアルカロイド系の毒で亡くなった。詳しく調べていれば、あの猿と同じものでやられたことがわかったろうと思う。」
両者の遺体は既にない。
「それで、前田さん、あなたはどうやって植物が両者を死に至らしめたと?」
「これは、植物の報復でしょう。」
「え?」
「環境問題と同じですよ。我々が植物にした仕打ちを思えば、それはわかると思います。」
「植物が我々を?」
「自由に移動することができない植物は、紫外線など外部からのストレスや身を守る能力を進化してきた。害虫、病原菌といった外敵から身を守る能力を進化してきた。今は人間が植物にとって、
最大の害虫なんですよ。」
影山は一連のからくりがやっと見えて来た気がした。植物が犯行を行い、植物自体が凶器であったのだ。
「植物は非常に多様な構造の二次代謝産物を生合成する能力を獲得してきている。今回のそれは人間殺戮のための新しい毒だろうと思われる。」
「例えばどんな?」
「私は、それは植物が酸素を吐き出すように、
その毒を噴出するのではないかと思う。」
「気体ですか?」
「恐らく。・・・そして無色、無臭なのだろうと。」
今も植物がその温室に留まっている理由がわかった気がした。要するに処理に困ったのだ。
きっとその毒も未だに発見されないのだろうと思われた。しかし、これらは飽くまで仮定の話で、
それがいつ、どうやって植物から噴出されるかもわからないし、植物からその毒そのものも見つかっていないのだから、対策のしようがないのだろう。
猿の遺体から大量のアルカロイドが見つかっても、それがどうやって植物から入ったかがわからないければ、仕方がない。
「あれ、あの植物はどうするのですか?」
「それで困っていた。まさに途方に暮れていた。
だから君らが来た時はほっとしたんだよ。」
「なぜ?」
「これでやっと救われると思って。」
「救われる?」
「そうだよ。卑しくも私たちは研究者だ。
如何にこの植物が危険だとしても、やはり処分してしまうことが、どうしても出来ないんだ。だから君たちみたいな一般人が来て、これらを強引に処分して欲しかったんだよ。」
「じゃあ焼いてしまいますか?」
「それが一番だろう。」
前田の話はまだ続いた。
確かに危険な植物だといっても、所詮は植物。
そう思って、ある所員が完全防備をして温室に入り、あの植物を回収しようとしたところ、急に苦しみ出して、その場に倒れたということがあったらしい。
そこでそれほどまでに粒子の細かい分子がマスクを通してその所員が吸入してしまったのだろうかと、以降その方法はとることが出来なくなったとのこと。
また別の時に、腕だけを温室の外から中に入れるようにして作業をしている時に、その所員も突然苦しみ出したことから、それは呼吸器から吸い込むだけではなくて、皮膚から体内に浸透する作用もあるのではないか、或いは目に見えないほどの速さで触手のようなものが伸び、それが腕に刺さり、そこから毒が注入されたのではないかと
いうことになって、それ以降はあの植物に一切手が出せなくなったということだった。
どこにも針のような後はなかったが、それも未知の方法だろうかということになったらしい。
この二人は今も重体で大学病院のICUに入院している。
影山はそこまで話を聞くと、大庭を抱き寄せ、鈴木と大庭を手招きして、そしてその部屋を出るように、うながした。
「前田さん。後は警察に 。あなたがやってないというのであれば、警察に連絡するべきです。」
そう言ってそこを立ち去った。
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