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第5章 楢本光男
警察での事情聴取が終わると、再び俺は、また光輝く世界に放り出された。あんな理由で、また再びこの世界で生きて行きていくことになったのは、滑稽という感じがした。あそこまで追い込まれて、そしてあそこまで思いつめて、そしてあそこに行きついた自分が、また「生きる」という根源的なまっただ中にいるのが、不思議でならなかった。
警察署は夜の繁華街に隣接していた。何人もの呼び込みに声を掛けられた。しかし俺は立ち止まる勇気などなかった。立ち止まる勇気がなければ、そのまま突き進むしかない。
警察での事情聴取で、殺された被害者のことを知った。名前は、「秋田元」。転々と住所を変えていたとのことで、知人友人関係がまったくなく、手掛かりはなし。或いは自殺場所を探していて、各地を転々として、それがあの青木ケ原の樹海で殺されてしまったということなのだろうか。死因は何かの毒とのこと。横文字には弱く覚えていない。
今俺は何故かその秋田の事件に取りつかれていた。俺の生の意味はそこにあるという使命感のような思いに駆られていた。
「みどり」
秋田は最期にそう言った。秋田の周りに「みどり」という人物がいれば、それが犯人だということになる。
その思いが俺をこの夜の闇にひたすら歩かせていた。行く先は秋田が最後に住んでいた新宿の新大久保。この情報は警察から聞いた。俺との接点をなんとか探ろうとして、あれこれ揺さぶりを掛けたことが、かえって俺に色々な情報を与えることになってしまった。
俺はその秋田という男のことはまるで知らない。
だから俺はそこに運命を感じてしまったのかもしれない。「みどり」を探せと。
警察にはこのことは話していない。これは俺の使命だから。
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