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第7章 捜査の開始
僕の新しい仕事は、中野緑というOLからのストーカー被害の相談だった。
まずは彼女の住民票を本人になりすまして取得したという、謎の女を捜索することから始めた。
しかし、実際に他人に住民票を交付してしまった市役所に行って、その時の申請書を見せろと言っても、それが無駄だということは目に見えていた。
その申請書から筆跡鑑定をしようとしたって、
まずその申請書を見せてくれることはないだろう。仮にそれを見せてくれたとしても、そのことから、その女がどこの誰だかがわかるには、相当の労力を必要とする。
そこで、翌日その市役所に行くと、僕は窓口には一切近づかず、その前に並べられた待合用の椅子にずっと座り続けた。
実は、僕が確認したかったのは、住民票の交付の流れだった。
まずは受付で、身分証を確認しながら、申請書を受けとる。その申請書は後ろのコンピューターの席に座っている人に渡される。コンピューターの席の人は、その申請書に従って、住民票を打ちだす。打ち出された住民票は、更にそれを確認する人が持って行き、確認後にレジで申請者に交付される。
あの事件のことは、この課では大きな出来事になったと想像がつく。どの職員もあの事件のことは知っていることだろう。
しかし、その核心に触れることは、その責任者である課長と、実際に対応した職員だけが知っていると想像している。
どの職員が対応したかはわからない。
中野さんに対応した職員と謎の女に対応した職員とは、どうやら別の人らしい。
それで、今日は住民票の交付の流れを確認して、
どの人がその対応をしたのか、その当たりをつけようと思った。
もしかしたら担当が日によって違うのかもしれなかったが、今日の限りでは、昼休み以外では、
いつも同じ職員が同じ担当をしていた。
だとすれば、もめたということは、住民票を確認する担当だろうと予測がついた。
受付で身分証がなく申請したということを聞いていたので、受付の職員がその時に謎の女とやりとりをしたのかとも思ったが、今日その受付を見ているとどうやら違うということもわかった。
今さっき、身分証がないということで、窓口で少しもめた市民がいた。
「何故本人が自分の住民票を取れないのか?」と、
少し声を張り上げていた時に、受付の職員がすぐに確認を担当している職員を呼んでしまって、
後をひきついでいた。
受付が対応してしまっては、そこで流れが止まってしまうからということなのだろう。
受付の職員はその後、何もなかったように、
次々と別の市民から申請書を受け取っている。
このことからも、僕はあの事件のことは、確認を担当している職員が詳しいことを知っていると確信した。
しかし、更に僕のチェックは続いた。それは確認の担当が三名でローテーションを組んで、パソコンから出力された住民票を取り出していたことから、その三人のうちのどの職員にあの日のことを聞けば、一番たやすく情報を得られるかということだった。
仮にあの事件に関わった担当者にうまく話す機会を得たとしても、だんまりをされたらまったく意味がない。そこで僕は、彼ら三人の中で、誰が一番おしゃべりかを確認することにしたのだった。
そして、実際に対応した職員でなくても、
同じ担当なら、あの日の事件の詳細も共有されているだろうと、そう思った 。
住民票の確認は大きな机の上で行われていた。
そこに黒のボールペーン、赤ペン、ハンコ、
スタンプ台などが備え付けられていた。
彼らは打ち出された住民票を確認しながら、
申請書に何か書きこんでいたり、ハンコを押したりしているようだったが、詳しいことは僕の位置からは見えなかった。
それでも、しばらく彼らの様子を伺っていると、
三人のうちの一人がいつも口を開いている光景が目立った。
歳の頃は30代半ばの男性で、公務員らしい地味な格好ではなく、いくらかお洒落な着こなしをしていたが、その格好が似合っているとはとても言えない感じの着こなしだった。
彼は、若い女性の職員がその机に来るとやけに饒舌になっていた。
僕は標的を彼に決め、役所が終わるまで役所の中を探索しながら時間をつぶすことにした。
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