みどり(影山飛鳥シリーズ01)

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第8章 聴きこみ 「あ、ごめんなさい。」 鈴木は、大きくよろけた拍子に、 隣の席に座っていたサラリーマンに、 注いだばかりのビールを思いっきりぶりまけてしまった。 隣のサラリーマンはかなり気分よく酔っ払っていたが、さすがにその事態にはびっくりしたようで、大きく反対側にはねのけた。 「すみません。」 鈴木はバッグからハンカチを取り出して、 急いで彼の濡れた衣服を拭こうとしたが、 とても拭き切れるものではなかった。 鈴木があわてていると、鈴木の正面に座っていた影山が大きな声で、店員にタオルを持って来るように指示した。 数枚のタオルで、そのサラリーマンの衣服と床にまかれたビールが拭きとられると、飲み直しと称して、影山がそのサラリーマンを自分たちのテーブルへ招いた。 サラリーマンは週の二日ほど、仕事の帰りにこの飲み屋に寄っていた。それほど酒好きということではないようだったが、酔うことは好きなようで、いつも気分良くその飲み屋を後にしていた。 影山はこのサラリーマンを1週間尾行してこの事実を知った。そして翌週、補助者の鈴木を連れて、今日に臨んだのであった。 「いいかい。君は彼にビールをぶっかけるんだ。その先は僕がやる。」 「はい。わかりました。」 彼は水曜日と金曜日には必ずその飲み屋に寄る。 今日はその水曜日であった。水曜日と金曜日は、その市役所のノー残業デーだった。 「本当にすみませんでした。」 まだ鈴木が謝っている。でも、隣に座っていた、あのサラリーマンは、鈴木に介抱されて、 まんざらでもないという表情をしている。 これはかなりしめた展開になりそうだと経験上、影山はほくそ笑んだ。 このサラリーマン、あの住民票の確認の担当をしている職員で、名前は川崎大輝。 さっきからニヤニヤしながら鈴木を細かく値踏みしている。こいつは酒だけではなく、女好きだということもわかって、今日の日に鈴木を同行させたのは、更に都合が良かったと、普段の自分の運の良さを再確認した。 「役所もたいへんなんだよ。鈴木ちゃん・・。」 僕が特別なテクニックを使うまでもなく、川崎は鈴木に完全に落ちていた。 「わかるよ。川崎さん。色々とあるんでしょ?」 「うん。色々とあるんだよ。」 「例えばどんなことがあるの?」 「例えば?」 「うん。例えば、窓口で文句とか言われるんでしょ?」 「え・・ああ・・そうだよ。市民ってわがままでさ。 何かと言えば税金泥棒だっていいやがるし。」 「税金泥棒? ひどいですね。そんなこと言われるんですか?」 「え・・ああ・・そんなこと、しょっちゅうだよ。」 「川崎さん、同情しますよ。」 「えー、鈴木ちゃん、わかってくれるの? うれしいなあ。」 「わかりますよ。わかりますけど、もっと詳しく話してくれませんか?」 「聞きたい? 鈴木ちゃん、聞きたい?」 「是非聞かせて下さい!」 「よし。じゃあまず乾杯!」 「乾杯!」 僕は彼らの正面で、じっとその会話を聴いていた。 その川崎の話だとあの事件はこういうことだったようだ・・・。
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